黒歴史を知る人達
久しぶりに事件が起きた。
そんな感慨とも言えるようなものを抱いて、駿河は現場に向かった。
だけど場所が悪い。なぜよりによって宮島なのか。
そこは、彼がかつて勤務していた廿日市南署管内である。
所轄の刑事課からも当然、捜査員が現場に派遣されるだろう。人事異動で何人かは顔ぶれが変わっているだろうが、できることなら会いたくない人物もいる。
同じ班の仲間達は既に集まってフェリー乗り場にいた。朝早く、気温も低い。
誰もがしばらくは無言だった。あの和泉でさえ。
現場に到着し、野次馬の人垣をかきわけて黄色と黒のロープをくぐる。
鑑識員の中に平林郁美がいた。彼女はこちらに気付くと、
「和泉さん!」と、和泉に声をかけてきた。
「おはよ。遺体はもう解剖に回ったのかな?身元は? 外人だって聞いたけど」
「ええ、それが……」
「畜生め!!」
向こうから怒鳴り声が聞こえた。捜査2課の長沢警部だ。
「どうしたの? あれ」
「……どうやら、2課が詐欺容疑で追っていた人物だったようです」
「もしかして、ハリウッド俳優みたいな名前の? えーと、確か……」
「てめぇ、和泉! なんでこんなところにいるんじゃ?!」
長沢警部は和泉の姿を見かけると、ズンズンと歩み寄って言いがかりとしか言えない文句を言ってきた。
「なんでって、僕も刑事ですから」
どうやら彼は混乱しているようだ。
勢いを削がれた長沢警部は肩を落として、
「……あと少しだったのに……消されたんかのぅ」
詐欺グループの背後には必ずと言っていいほど反社会的勢力がついている。
「そういえば、もう少しで令状が下りるって言ってましたよね」
2課のベテラン刑事は肩を落とし、とぼとぼとパトカーへ向かった。
「遺体の身元に心当たりがあるのですか?」
駿河が和泉に問いかけると、
「うん、たぶん間違いないと思うよ。写真見せてもらえる?」
鑑識員はデジタルカメラを見せてくれる。
「あ、やっぱりね。名前は忘れたけど間違いないな」
かなり殴られたようで顔はやや変形していたが、それでも判別はつきそうだ。
「……和泉さんのお知り合いですか?」
和泉は首を横に振る。
「お知り合いかどうか、微妙なところだね。向こうは僕の名前を知っていたけど」
どういう意味だろう?
そう考えかけてやめた。
この男の言うことをいちいち真剣に分析していたら、疲れるだけだ。
「おう、親子丼ども。遺体はもう運びだされちまったぜ」
鑑識課の相原が班長に声をかけた。
「所持品は一切なし。直接の死因は背中から刃物でブスリ、の失血死だ」
「土の中に埋められていたそうだな? どこかで殺害されて運ばれたのか、それともこの付近に争った形跡は?」
駿河が二人の遣り取りを聞いていると、ふと後ろから誰かに肩を叩かれた。
驚いて振り返ると、
「よぉ、久しぶりだな」
廿日市南署にいた頃、刑事課の同じ班にいた影山が立っていた。
駿河の5年先輩で、彼については良い思い出がない。
些細な点を大きく取り上げては上司に『進言』『報告』し、人前で恥をかかせることについては右に並ぶ者がいないという、悪名高い男だ。
駿河の教育係であった八塚警部補も、この男には気をつけろと教えてくれた。
「どうだ? その後。新しい彼女は見つかったのか?」
美咲とのことも、当然この男は知っている。
「……今は、そんな話をしている場合ではないと思いますが」
ははっ、と影山は低い声で笑った。
「相変わらず優等生だなぁ、お坊っちゃまは。久しぶりに会ったっていうのに、積もる話もなしか?」
「葵、何をしている?」
班長に声を掛けられ、駿河はすみません、と頭を下げた。
どうやら既に聞き込みの為の組み合わせをしているようだ。
通常は1課と所轄、ベテランと若手を組ませるものだが、駿河はこの男とだけは組みたくないと願った。
しかし、他の刑事達は既にそれぞれ組んで出かけてしまっていた。
「じゃあ、二人一緒に周辺の聞き込みに回ってくれ」
誰と誰が? などと聞くまでもない。
残っていたのは駿河と影山の二人だけ。
「……よろしく頼むよ、お坊っちゃま」
嫌だとも、文句を言うこともできない。捜査に私情は禁物だ。
駿河は平静を保つことができるように、秘かに深呼吸をしてから歩き出した。




