義理の息子は
明日の予習を手伝ってもらった後は、駿河と二人で将棋を囲んだ。
周は子供の頃に少し父親から教わったぐらいで、あまりよく覚えていなかったが、その内ルールや進め方がわかるようになって、つい夢中になった。
気がつけば既に午後5時を回っている。さすがに兄と義姉も帰っているだろう。
そろそろ帰るな、と周は立ち上がった。
勝負は途中で行き詰まっているとことだった。
「送って行こう」駿河も立ち上がる。
「いいよ、自転車だし……」
「もう少し一緒にいたい」
「え?」
どきっ。
「……プリンと」
なんだ、猫か。
「ああそうかよ、勝手にしな」
周は恥ずかしいのを誤魔化すために、違う話題を探した。
が、見つからなかった。
猫を抱えてカゴに入れ、靴を履きながら駿河は言った。
「僕は……君に憎まれていると思っていた」
「なんで?」
「初めて会った時からそうだ。君は僕を、美咲のストーカー呼ばわりしていたな」
そんなこともあったっけ。
先日智哉から事の真相を聞き、事実ではなかったことが明らかになったが。
「それについては誤解だってわかったし、嫌いな人間に勉強教えてもらおうとか、料理してやろうなんて考えないだろ? 普通は。そもそも近寄りたくもねぇよ」
「確かにそうだな」
玄関を出ると外はすっかり暗くなっていた。
周は自転車に乗らずにハンドルを握って、駿河と並んで歩いた。
「明日から、仕事……だよな?」
「もちろんだ」
「今日は、ありがとう」
「僕の方こそ」
また遊びに行ってもいい?そう言いかけてやめた。
なぜか、言わない方がいいような気がした。
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11月後半にも入れば日暮れも早い。和泉は車のライトを着けた。
「今日は何事もなく、無事に休みが終わって良かったですね?聡さん」
「そうだな」
「念願かなって、可愛い初孫とのご対面も済んだし」
「ほんとにな……」
「さくらちゃんにそっくりでしたね」
「そうだな、あの顔立ちはうちの家系だ」
聡介の長女が出産したのは約3カ月も前だが、仕事に追われてまったく様子を見に行くことができなかった。
ようやく落ち着いて、和泉に今度の日曜日、孫に会いに行くと言ったら、自分も一緒に行くから車を出すと言ってくれた。
実を言うと聡介はかつて、長女の結婚相手に和泉はどうだろう? と考えていた。
彼が所轄の刑事課に異動してきて、聡介が教育係に任命された時、初めはなかなか打ち解けてくれなかったのだが、次第に心を開いてくれたように思えた頃。
まだ猫を被っていて、それなりに爽やかな好青年に見えた頃の話だ。
そこで聡介は和泉をちょくちょく自宅に連れて帰り、娘に引き合わせた。
デートさせたこともある。
義理でも、名実共に父子になれたらいいとかなり真剣だった。
ところが娘には他に好きな男がいて、幸い相手も同じ気持ちでいてくれて、やがて二人は結婚した。
実際のところ和泉が娘をどう思っていたのか、聡介にはまだあまり確信が持てない。
問えば当然のごとく「好きですよ」と答えるが、この男の言う「好き」はいろいろな他意がありそうで、どういう意味合いなのか計りかねる。
ただ、もしかしたら本気で……と思うこともある。
ところで長女の夫で、有村優作という男は、和泉に負けず劣らず強いクセのある人物で、今にして思えば和泉だろうが優作だろうが、どちらでも同じことだった。
娘にそっくりな顔の孫が、中身が父親そっくりな子に育ったら嫌だなぁ、としみじみ思う。
その時、和泉の携帯電話が鳴り出した。
事件か?! と思ったが、考えてみれば先に自分へ連絡が入るはずだ。
「聡さん、運転変わってください」
和泉は車を路肩に停め、携帯電話を手にさっさと降りてしまった。
運転は好きではないのだが仕方ない。聡介は渋々助手席のドアを開く。
和泉は助手席に滑り込むと、急に真剣な顔で話し始めた。
「……落ち着いてください……はっきり周知があるまでは誰にも何も言わように」
誰と話しているのだろう。
「……わかりました、明日ですね。はい、それでは」
「誰からだ?」
「檀家さんです」
「何か事件か?」
「ま、事件といえば事件ですが、死体は出ていません」
なんのことだ? どうせ聞いてもはぐらかされるだろう。
特に事件でないならそれはそれでかまわないが。