多くを語るな、背中で語れ!!
つまらない男。
確かに、自分でももう少し話が上手なら、と思うことはある。
美咲は一緒にいた頃、退屈していなかっただろうか?
彼女もそれほど口数が多い方ではなく、二人でいても会話がない時間も多くあった。
それでも気まずいと感じたことは一度もなく、むしろ心地良かった。
でも、もしかしたらそう思っていたのは自分だけだったのだろうか?
無事に終業時間を迎えた。
誰が、何人来るのだろうか?
駿河の方もやや身構えていたのだが、待ち合わせ場所に立っていたのは女性が1人だけだった。
郁美! と、うさこが声をかける。
誰だ? ちらりと隣にいる和泉の顔を見ると、
「お疲れさま。いつも鑑識の制服姿しか見たことがないから、一瞬誰だかわからなかったよ」
鑑識員か。確かに制服姿以外では、誰が誰だかわからない。
「へ、変ですか……?」
「ううん、よく似合うよ」
よくそんな、歯の浮くようなことを平気で言うものだ。
「女の人ってほんと、化け物だよね~」
ああ、なるほど。これが余計な一言というやつか。
これさえなければ、この男も普通にいい人なのだが。
「……何? 葵ちゃん」
なんでもありません、と答えて店の中に入る。
※※※※※※※※※※※※※※※
何も起きなければいいけど……。
甘いカシスオレンジを少しずつ飲みながら、結衣は神経を尖らせていた。
つい先日、和泉と駿河の間で何か問題があったことは結衣も知っている。
ただ、二人の様子を見ている限り、とてもそんなふうには見えない。ごく通常のようにしか。
それにしても、駿河はいったいどうしたのだろうか?
絶対に合コンなんて、誘われても来ないタイプだと思っていた。
郁美は満足そうだ。気を効かせて和泉と並んで座らせた。
彼女は和泉の繰り出すどうでもいい話にいちいち反応しながら、きゃあきゃあと楽しそうに笑っている。
うさこ、と駿河に声をかけられて結衣ははっと横を向いた。
「……昼間の話の続きだが……」
なんだったっけ? あ、思い出した。
「女性も浮気をするのかって話でしたっけ?それは、まぁ……一般にも、そういう話なんて掃いて捨てるほどありますよ」
「何が原因だ?」
何があったのかしら、この人……。
「それはいろいろですよ。でも、たぶんやっぱり一番の理由は寂しいから、じゃないですか?」
「寂しい……? 夫や恋人がいるのに、か?」
結衣はカシスオレンジを一口飲んだ。
「いればいいってもんじゃないですよ。仕事が忙しいってほったらかしで、全然会話もしてくれないっていうのは、いてもいないのと同じです。それと、これはよその県で実際にあった事件ですけけど……夫に暴力を振るわれていた女性が、そのことを男の友人に相談したところ、不倫関係になって、二人で共謀して夫を殺したとか」
そんな事件があったな、と呟いて、駿河が黙りこんでしまったので、結衣も口を閉じることにした。
サラダが運ばれて来る。
結衣が皿を取って取り分けようと手を伸ばすと、向かいの郁美からすごい視線で睨まれた。
意中の彼に家庭的な女性をアピールするのに有効とされている、その役割を寄越せということだ。
怖い。
駿河は無言でじっと向かいの二人を見つめているようだ。
そして。
「……おもしろい話ができる男は、女性に好かれるのか?」
結衣は口に入れたレタスを吹き出すかと思って、慌てて手で抑えた。
駿河の視線は前を向いたまま。急いで飲み物で口の中の物を流し込む。
「……そりゃ……ずっと黙ったままでいられるよりは、一緒にいて気が楽だとは思いますけれど、私は……あまりよくしゃべる男って信用なりません」
特にいま目の前にいる男。
そうなのか? と駿河がこちらを見る。
「男なら多くを語らず、背中で語って欲しいですね」
ふっ、と駿河が笑う。
へぇ、この人も笑うんだ……!! 新鮮な驚きだった。




