行動確認
行確……行動確認の意。被疑者を尾行して動きを確認する……ってそのまんまですね。
横領事件となると、やはり専門家に詳しいことを訊いた方がいいだろう。
和泉の知人が2課にいる。親しい間柄ではないが、こっちの話を聞いてもらうぐらいの時間はもぎ取れるだろう。
そう考えて彼が、一つ上の階にある捜査2課の刑事部屋の入り口に立った時だ。
「てめぇこら、和泉! 人のシマ荒らしやがって!!」
と、いきなり捜査2課の管理官である長沢警部に怒鳴りつけられた。
「……はい?」
長沢はつかつか歩み寄ると、いきなり和泉の胸ぐらを掴んだ。
「とぼけるのか!? 昨日、宮島にいただろう?」
「昨日どころか、ここ何日か通い詰めていましたよ」
「ほら見ろ!」
瞬間湯沸かし器の異名を取るこの警部は和泉よりもだいぶ背が低く、下から見上げる形で睨んでくるので、つい見下ろす形になってしまう。
そのことが余計に相手の神経を苛立たせるようだったが、仕方ない。
「何か勘違いなさっていませんか? 僕が宮島に行っていたのはあくまでプライベートな目的です。2課の管理官に胸ぐらを掴まれるような真似はしていませんが」
すると何かおかしいと思ったらしく、管理官は咳払いをした。
「……アレックス・ディックハウトを知っているか?」
「誰です、それ? 新手のハリウッド俳優ですか?」
「知らんならいい、さっさと1課に戻れ」
「へぇ……無料で英会話を教えてやると持ちかけて、高い教材をクレジットカードで買わせた挙げ句に、何人もの女性と結婚の約束ねぇ」
和泉は近くで仕事をしていた彼の部下のパソコンを覗いた。
「こらてめぇ、何を勝手に捜査資料を読んでんだ?!」
しっしっ、と野良猫を追い払うように長沢は手を振る。
「この男見ましたよ、宮島で」和泉が言うと、
「んなこたぁわかってる! こっちは慎重に慎重を重ねて、奴の行確してたんだぞ? それをノコノコとお前は~!!」
「そんなこと知りませんよ。僕の専門は人殺しを捕まえることですから、詐欺師相手ではありません」
とはいうものの、和泉は俄然興味を引かれた。
2課が目をつけているこの男、先日見かけた外国人に違いない。
金髪碧眼で、やはり同じゲルマン系民族と思われる白人女性と一緒に、美咲の実家である旅館を訪ねていた。
どういう訳か……だいたい想像はつくが、美咲に向かって「アキヒコ」と呼びかけていたあの男。
「で、令状は?」
「もうすぐだ……って、やかましい!!お前は引っ込んでろ!!」
あの男が詐欺師だとしたら、連れの女性と邦人男性も仲間だろうか?そんなふうには見えなかったが……。
「あ、ねぇ。長沢警部」
なんだ? と不機嫌そうに返事がある。
「横領の時効は7年でしたっけ?」
ふん、と長沢警部は鼻を鳴らした。
「時効には刑事上と民事上の2種類がある。犯罪があってから一定期間内に起訴できなかった場合、その後は罪に問えない。犯人が海外逃亡をして時効停止になっていない限りは7年で時効だ。つまり、刑事責任は問えん」
「7年……」
思った以上に短いものだ。
「しかし民事上は、不法行為の事実を知ってから3年以内、行為があってから20年間なら、訴えれば損害賠償請求は可能だ。ただし動かぬ証拠が必要だがな。帳簿が書き換えられていたら、古くなればなるほど見抜くのは難しい……ってなんでお前にそんな講義をしてやらなきゃならんのだ?! 知りたいことがあれば自分でググっとけ!」
いい歳をしたオッサンが若ぶって今時の単語を使うとは片腹痛い。
顔に出ていたのか、長沢警部がまた何か怒鳴り出しそうだったので、和泉は退散することにした。
これはただの勘に過ぎないが、あの旅館での横領事件は過去に限ったものではないだろう。
現在も続いていて、それが経営を圧迫している。
背任者がいる。そいつが膿だ。
それにしても、大丈夫だろうとは思うが、美咲にあの詐欺師が近寄らなければいいのだが。
外国人観光客が増えている今、英会話ができた方が絶対にいい、などと言われたらなるほどと思ってしまうだろう。
和泉は彼女にメールをしておくことにした。




