飲み屋のできごと
「おいおい、兄ちゃんどうした?」
友永は男性に声をかけた。確実に面白がっている。
彼は時折飲み屋で、知らない人間といつの間にか仲良くなっていたりする。
そうして人脈を増やし、情報提供者である『檀家』を増やすのだそうだ。
駿河にはとうていできない芸当である。
「うっうっ……彼女が……」
「彼女が浮気したか?」
「うわあああんっ!!」
図星だったようだ。
「おいおい、そんなに泣くなって」
友永はポンポンと男性の肩を軽く叩く。
「……そりゃ、仕事が忙しくてほったらかしにしてたのは確かに俺が悪いですよ。彼女、ストレスの多い職場にいるみたいで、同僚の男にいろいろ相談してるうちに、そういう関係になって……挙句、向こうの男の子供ができたから別れるって言われたんですよ?!」
「あちゃー……」
「うぅ、女なんて誰も信用できない!」
若い男性は涙で顔をぐちゃぐちゃにし、カウンターの上に突っ伏した。
「ならいっそ男に走るか?」
「……」
「冗談だよ、冗談。忘れちまえ、そんな女のことなんか」
「それができたら、こんなに苦しい気持ちになったりしません!」
いっそ忘れられたらどんなに楽か……。
それは今の駿河の気持ちをありのまま言い表していた。
そして思い出してしまう。夏に美咲から言われたこと。
今でも好きだと。
「まぁまぁ、一杯ぐらい奢ってやるから泣くなって。生ビールでいいよな? 大将、生二つ追加な」
友永はカウンターの中の店主に声をかけた。
駿河はいたたまれない気分になって立ち上がる。
「足りなかったら後で請求してください」一万円札を一枚取りだす。
「……今、お前が何を考えているか当ててやろうか?」
隣の男の背中をさすりながら、友永は駿河を見上げて言った。
「……やめてください」
「忘れろとは言わない。ただ、あんまり深く考えるな」
それもできない、なんて言ったら叱られてしまうだろうか。




