駅前の居酒屋
イラストは古川アモロ様よりいただきました。
背景が変わってます。
「おい、若造がいい気になるなよ? 会計士だかなんだか知らないが、旅館経営に関しては素人だろうが。そんな帳簿を見たぐらいで何がわかると言うんだ。こっちは何百年続いた老舗なんだ、他所者が口出しするな」
ふんぞり返って椅子に腰かけ、腕も足を組んだまま、優作は首だけを巡らして伯父を振り返った。
「倒産する会社の社長は、決まって全員そう言うな」
「貴様……!」
拳を振り上げようとした伯父を松尾が止める。
「他所者にしか見えないことがある。それに、数字は嘘をつかない。もっとも、記入してある数字が正確であれば、の話だがな」
優作は左手で頬づえをついて、右手でパソコンの画面を指さした。
「俺は刑事でも税務署員でもない。だが、確実に言えることがある」
その場にいた全員が息を呑んだ。
「この帳簿からは犯罪の臭いがする。それも割と最近の話だ」
※※※※※※※※※※
仕事帰りのサラリーマンがひしめき合うように座り、ビールジョッキを片手に大騒ぎしている。
壁一面に貼られた手書きのメニューはどれも財布に優しい値段設定になっていて働くお父さん達の味方だ。
「めずらしいな、お前から誘ってくるなんて」
友永がチューハイのグラスを傾けながら言った。
「たまには……」
あまりアルコールが飲めない駿河は、甘いカルピスサワーを少しずつ飲んだ。
一人でいると気が滅入ってしまう。
帳場が立っていれば、事件のことだけを考えていればいい。
だがこのところ平和な日々が続いている。
所轄の刑事課にいた頃には考えられなかったことだ。
そこで駿河は相棒に、一緒に飲んで帰らないかと誘ってみた。
今までは友永の方がいつも、一緒に食事をして帰らないかと誘ってくれていたが、最近はめっきりそれも減った。
すると思いがけず喜ばれて、二人で駅前の居酒屋に向かった次第である。
「ところでお前、いったいジュニアと何があったんだ? あいつが何を考えているのかなんて、班長にもわからなきゃ、俺にはなおのことさっぱりわからん」
「……」
「まぁでも、相手が奴だからごめんで済んだけどな。場合によっちゃお前、ハコ番(交番勤務)に戻されてたかもしれないぞ?」
そうだろうと思う。
話を変えよう。
「智哉君と、絵里香ちゃんでしたっけ? 元気にしているのですか?」
友永には血のつながらない息子と娘がいる。といっても、正確には自分の子供のように可愛がっている存在と言ったところか。
「おぅ、妹の方は最近やっとなついてくれるようになって、見てみろ、これ」
と、友永は携帯電話を取り出して見せた。「こないだ宮島に行った土産だって俺にくれたんだよ」嬉しそうに頬が緩む。ドラえもんのストラップがぶらさがっていた。
良かったですね、と返してお通しをつまむ。
「……なぁ、葵。お前んとこ家賃いくらだ?」
友永はいきなり不躾な質問をしてきた。
「5万です。1Kですが」
「ま、相場だよな……」
「どうしたんです?」
相棒は少し考えてから焼き鳥をつまんだ。
「……智哉がな、高校を卒業したら働くっていうんだ。妹を連れて家を出るんだってよ。母親が再婚するらしいから。だから、俺のとこで一緒に暮らさないかって言ったんだが、まだ返事はもらえてない」
「そうですか……しかし、養育費はどうなっているんですか?」
智哉という少年が母子家庭であることは駿河も知っている。
「それが、その母親の再婚相手っていうのが、別れた旦那の知り合いらしくてさ。実は離婚する前から関係があったんじゃないかってもめ出して、養育費だ学資金を出す出さないの騒ぎになってるらしい……胸クソ悪い話だぜ」
確かに子供には聞かせたくない話だ。
駿河は溜め息をついた。
するとその時、カウンター席で友永の隣に座っていた若い男性がいきなり大声を上げて泣き出した。




