いつものあれ
それから賢司は彼女の言う通りタクシーをつかまえた。
移動すること約5分。
駅前は相変わらず大勢の人が行き交っているが、賢司は迷いなく歩き、やがて路地裏の細い道を通ってこぢんまりとしたレストランに辿りついた。
体調は回復したようで、顔色は元に戻っている。
店の外に本日のおススメと書かれた黒板があり、広島県産牡蠣のグラタン、瀬戸内レモンを使用したサーモンマリネ、瀬戸のもち豚ソテーなどのメニューが書かれていた。
店に入ると、白衣を着た男性がいらっしゃいませーと迎えてくれた。
テーブルは半数以上が埋まっている。かなり人気のある店のようだ。
あまり食欲はなかったが、明るくて雰囲気のよい店内にほっとする。
「ああ、いらっしゃい」
賢司とは顔見知りのようだ。
白衣の男性は彼に微笑みかけた。
そして彼の後ろに控えていた美咲を一目見ると、少し驚いたような顔で、しかしすぐに奥へと引っ込んだ。
「この店の料理はけっこうボリュームがあるから、二人で一つにしないか?」
賢司が言い、自分だってそれほど食欲はないんだわと美咲は胸の内でそう思ったが、ええ、とだけ返事をする。
注文を取りに来たウエイトレスにセット料理一人分と、取り分けるための皿を二枚頼んだ。
コーヒーだけは二人分注文する。
「久しぶりだね」
食後のコーヒーを持ってきた先ほどの白衣の男性が、賢司に声をかけた。
「すっかり疎遠になっちゃって、忘れられたかと思ったよ」
賢司はすみません、と苦笑した。
それから男性はちらりと美咲に目を向けると、
「あれから何年になるのかな……悠司が亡くなって」
「3年です」
「そんなになるのか。いやぁ、あっという間だな……」
賢司と周の父親の知り合いらしい。
「ところで、こちらの美人さんは?」
「妻です」
「えっ……?!」
その驚き方は半端ではなかった。
白衣の男性はしばらく呆然としていたが、やがてマスター、とウエイトレスに呼ばれると我に帰った。
「そ、そうか。また来てくれよ?」
マスターはそそくさと厨房に引っ込んだ。
いったいどうしたのだろう?
「この店……父が、君のお母さんとデートする時にしょっちゅう利用していたんだそうだよ。僕も子供の頃、時々連れて来てもらっていた」
悪趣味にもほどがある。
美咲はコーヒーを飲む気力さえ失くした。