ファイナンシャルプラン
和泉の友人で優秀な会計士だと聞いたが、まだ若くて言動も少し怪しいので美咲は多少不安に思ったが、帳簿をめくり、パソコンに向き合い出すと顔つきが変わった。
朝は眠さゆえの不機嫌だったのだろうか。
今度は無表情に、ひたすら数字を追っている。声をかけるのも憚られて、美咲は熱い緑茶と和菓子を彼の手元にそっと置いた。
それから事務室を出ると、ばったりと伯父で社長である、寒河江俊幸と仲居頭の、米島朋子に出会った。
「なんだ、来ていたのか」伯父は言った。
酒臭い。伯父の前ではしとやかな猫を被っている朋子は何も言わない。
昨夜は二人一緒だったのだろうか?
「あの……」美咲は会計士を呼んだことを言おうとしたが、伯父は彼女の横を通り抜けて事務所に入った。朋子もそれに続く。
サキちゃん、女将の里美が声をかけてきた。
「昨日、社長に有村さんの話はしたんだけど……」
「そんなもの呼ばなくていい、でしょう? 社長はそういう人だって話もしたけど、和泉さんが全然平気だって……」
「初めてだものね、うちと何の利害関係もない人は」
里美は溜め息交じりに言った。
「そういう人に見てもらわなければ意味がないわ」
そこへ「美咲さん!」と、奈々子が走ってきた。
「聞きましたよ、ちゃんとした会計士さんを連れてきたって! 良かったですね、これでもしかしたら閉館は避けられるかも……」
楽観的な彼女はそう言うが、美咲はまだそこまで至らなかった。曖昧に微笑む。
その時「帰れ!!」という怒号が事務所から響いた。
嫌な予感はすぐに当たるものだ。
美咲と里美は急いで事務所に戻った。
伯父は真っ赤な顔をして、もはや何を言っているのかわからないほどめちゃくちゃに怒鳴り続けている。その傍らで例の会計士、有村優作は冷めた目で変わらずにモニターを見つめながらパソコンを操作していた。
朋子はつかつかと美咲に歩み寄り、
「部外者が何の真似?! いい気になるんじゃないわ!!」
腕を振り上げて殴ろうとする彼女を、専務の松尾が止めた。
「会計士ですって? 相談料にいくらかかると思ってるのよ!!」
ぴたり、と優作の手が止まる。
彼は突然立ち上がると、集まっている顔ぶれを一人一人検分するように見回す。
その態度に気圧されて、全員が黙り込む。
やがて会計士は口を開いた。
「この旅館を人体に例えるなら、頭は代表取締役社長、心臓は女将だろうな。身体の一部が腐敗したら、癌細胞が見つかれば、迷うことなく医者はその部分を切除する。この旅館には病巣が巣くっている。医者は俺だ」




