疑問あれこれ
姉の様子がこの頃おかしい。
大切にしていたかんざしを失くしてしまった、という話は聞いている。
彼女の表情だけで、どれほど大切にしていたかがわかるほど、切なげな様子だった。
仕方ない、新しいのを買ってやるか……。
そんなことを考えていたら宮島に到着した。今日は休日だからか、朝から観光客が多い。
鹿達が餌を求めて近寄ってくる。
「なあ、アキ先生……どうしてバカとは、馬と鹿って書くんだろうな?」
無愛想な会計士は突然、和泉に向かってそう言った。
「さぁ? なんでだろうね」
あしらいが上手い……周は感心して見守った。
旅館に向かって歩いていると、今度は目の前を野良猫が通りかかる。
「猫だ……アキ先生。警察犬はいるのに、警察猫がいないのはなぜだ?」
「ニャンこはね、ワンちゃんほど人間のいうことを聞いてくれないの」
「駅長猫はいるだろう?」
「あれはね、和歌山県の話。ここは広島県」
大丈夫か? この人……。
周は段々不安になってきた。
「なんか、まだ寝惚けてるみたい」和泉がこそっと周に耳打ちする。
だろうな。それにしても、
「ねぇ、アキ先生って和泉さんのこと?」
「ああ、そう。実は学生の頃、アルバイトって言うかほとんどボランティアみたいな感じで、近所の子供達に将棋を教えていたんだよね。彼はその時の生徒の1人」
なるほど。
彼は、和泉の前では未だに子供の頃の感覚が抜けないのだろうか。
旅館に到着した。すると、先日宮島水族館で出会った外国人二人組と日本人一人が玄関から出てきた。
確か名前はアレックス。女性と邦人の方は知らない。
彼はこちらに、というより美咲に気づくと、性懲りもなくアキヒコ! と、両手を広げて走ってくる。
美咲はさっ、と周の後ろに隠れ、いきなり知らない外人から名前を呼ばれた和泉は目を丸くしている。
アレックスはペラペラ何か言っている。
すると和泉がたぶん英語で何か答えた。アレックスの手を握りしめ、ニッコリと嫌な笑顔を浮かべる。
すると彼は微妙な表情をして肩を竦めた。
和泉さんて、英語も話せるんだ……と周は今さら驚いた。
「美咲、美咲じゃないの!」
アレックスと一緒にいた白人女性……先日通訳してくれた……が、笑顔で姉に話しかけた。
いつのまに親しくなったのだろう?
「ビアンカ、どうしたの?」ビアンカというらしい。
「フィールドワークの途中なの。学生達と宮島の活性化をテーマに研究してて、あちこちの旅館で聴き込みよ。美咲こそ、どうしてここに?」
「ここ、実家なの……」
「そう! 素敵な旅館ね。歴史も風情もあって、いかにも老舗って感じ」
ビアンカは流暢な日本語で言った。
しかし、
「どうかした? 元気ないわね」
「なんでもないの。フィールドワーク、頑張ってね」
美咲はまた無理に微笑むと、
「ごめんなさい、行きましょう。事務室はこっち……あら、有村さんは?」
いつの間にか彼はロビーのソファに寝転んで、目を閉じていた。
和泉は彼に近寄ると肩を揺すり、
「優君起きて、聡さんが来たよ!!」
すると優作はガバっと起き上がり、さっ、と髪を整えて何事もなかったかのような顔で辺りを見回した。
「事務所に案内してもらおうか」
今『聡さん』って言ったよな?
周はふと、もしかして……と思った。




