決心
やっとのことでつまらないパーティーから解放された時には、既に午後10時近くを回っていた。
夫は挨拶回りだなんだと一人で行動しており、長い間美咲をほったらかしにしていたが、めずらしいこともあるものだ。
パーティーのあと、真っ直ぐ帰宅すると言い出した。
美咲は帰りのタクシーの中で考えた。切り出すなら今夜だ。
別れてください、と。
美咲が黙りこんでいる夫の横顔を見つめつつ、話があると言いかけた時。
携帯電話が鳴りだした。周からだ。
「もしもし、周君?」
『姉さん今どこ? 話せる?』
「……ごめんなさい、帰ってからの方が……」
わかった、と応える周の声は気のせいか弾んでいるような気がした。
もしかして何か、経営再建についての妙案でも浮かんだのだろうか。
今までも何度か経営コンサルタント、会計士、ファイナンシャルプランナーを名乗る人に来てもらったが、何一つ改善に至ったことはなかった。
今にして思えば、社長である伯父が、自分にとって都合のいいことしか言わない人物ばかりを連れてきたのではないだろうか?
経営方針は間違っていない。このままで大丈夫。
そんな訳はない。
でも、誰も伯父には逆らわない。
文字通りの殿様商売。いつまでも続くわけがない。潮時だ。
周は、まだあきらめるなと言ってくれるけれど。
「もしかして周にあのこと、話したの?」急に賢司が言った。
「あのこと……?」
「最近、何となくだけど君達の雰囲気が変わった気がしてね」
今まではほとんど自宅に帰ってくることもなかったくせに、最近の賢司はどういう訳か、遅くなっても帰宅するようになった。
朝は家族全員が揃うこともある。
「君達が、父親の違う本当の姉弟だってこと話したのかと思って」
「……」
「どんな反応だった? 喜んだのか、それとも……」
「別に興味なんかないでしょう。余計なこと聞かないで」
夫はくくっと喉の奥で笑った。
「それにしても、さっきの彼の顔は見物だったね。あんなところで君に会うなんて予想もしなかったみたいだ。でもなんとなく僕は会うような気がしていたよ、何しろ彼のお父さんは……」
美咲は黙って流れる車窓を見つめた。
彼とは駿河のことだろう。
「ところであの女性、知っているかい? 君とずっと話していた白人女性」
おそらくビアンカのことだ。
先ほど知り合って親しくなったばかりだから、素性までは知らない。
彼女はあまり自分のことは話さなかった。その代わり、大好きな日本の文化についてとりとめなく語り続けていた。
返事をしないでおくと視線を感じる。
今まであまり賢司と接触した機会がなかったので知らなかったが、最近は少しずつわかるようになってきた。
彼はまだ子供だ。大人ぶっているだけの幼稚な少年。
気を引きたくて、自分に注目して欲しくてたまらない。
恐らく彼は親から愛されずに育ったのだろう。
でも、なぜだろう?
彼の父親である藤江悠司はとても優しい人だった。




