もみじ饅頭の餡
イラストの下の台詞は、本文とほとんど関係がありません。
久しぶりに和泉が帰宅していた。
先日買った宮島の土産を持って隣室のインターフォンを押すと、和泉の声で応答があり、周は嬉しくなった。最近、あの元奥さんは姿を見せない。
「これ、めずらしくもなんともないけど、宮島のお土産」
「ありがとう。お茶淹れるから上がってよ」
周は靴を脱いだ。
男の二人暮らしにしては綺麗な部屋だ。もっとも散らかすほど家にいないのかもしれない。
リビングに入るとテレビがついていた。
「高岡さんは?」
「今日は上の人達と飲み会だよ。周君こそ、一人?」
「うん。姉さんはなんとか先生を励ます会とかいう、くだらないパーティーに行ってるから……」
和泉は一瞬妙な顔をして、それから額に汗をかきはじめた。
「……なんか変なこと言った?」
「もしかしなくても、お兄さん一緒だよね?」
「うん……」
右手で目元を覆い、彼は天井を仰いだ。何かいけなかったのだろうか?
ふと周は、和泉の右頬が赤く腫れているのに周は気付いた。
「ねぇ……ほっぺた、どうしたの?」
「ああ、これ?……」
「もしかして、前の奥さんにビンタされた? 実は俺もやられたんだけど、翌朝まで響いて大変だった」
軽い気持ちで周は言ったのだが、和泉はいつになく真剣な顔で、
「彼女が、君を殴ったのか?」
「あ、えっと……」余計なことを言ってしまった。
周は話題を替えようといろいろ考えたが思いつかない。
「あ、ほらお湯沸いてる!」
人の家の台所だが、遠慮なく立ち入ってガスを消す。
背中からそっと肩に触れる和泉の手があり、周は振り返った。
「ごめんね……」
大きな手がそっと周の頬に触れる。自分だって腫れた赤い頬をしているくせに。
「……それで、何があってどうしてそうなったの?」
スルーという訳にはいかなかったようだ。
仕方なく周は、彼の元妻とのやり取りを説明した。
黙って聞いていた和泉の表情が段々険しくなる。
「あ、別に俺は、被害届を出そうとか、まったくそういうつもりはないから! 和泉さんを見た、って連絡するつもりなんて微塵もなかったし」
「二度とこんなことがないように手を打っておくよ」
和泉は言った。
ど、どうするつもりだろう? 周は底知れない恐怖を感じた。
会話が途切れて、少し沈黙が降りた。
周は向かいに座ってお茶を飲む和泉の顔をちらりと見つめた。
和泉:「ねぇ……今度のもみじ饅頭の餡はわさびとからしのダブルクリームで決まりだよね」
周:「それ、罰ゲームって言うかロシアンルーレットだから」
何が原因で別れたのか知らないが、確かに和泉は黙っていれば、文句なしの綺麗な顔をしている。
未練が残るのは無理もない。
ふと目が合って、周は慌てて逸らした。テレビ画面に目を移す。
すると、宮島で御柳亭と同じほど老舗旅館の白鴎館がCMを流していた。
「ねぇ、和泉さん。誰か経営コンサルタントとか、会計士とかの知り合いっていない?」
和泉は不思議そうな顔で問い返す。
「どうして?」
「姉さんの実家……経営が行き詰まって、閉館するっていうんだ。姉さんはもうあきらめモードだけど、俺はまだなんとかなるんじゃないかって思ってるんだ。最後の最後まで頑張ってみて、それでもだめなら……だってその方がカッコいいじゃん」
周は笑ってそう言った。
すると和泉は微笑んだ。
いつもの何か企んでいるような笑顔ではなくて、優しい笑顔だった。
「周君は真の男前だね。確かにカッコいいよ」
素直に嬉しくて頬が熱くなる。
「そういうことなら、うってつけの知り合いがいるよ」
「ほんと?! あ、でも……相談料ってどれぐらいかかるのかな?」
ネットでいろいろ調べてみたが、とてもではないが周のお小遣いぐらいでは足りない。
「格安にしてもらうよう頼んでおくよ。だからといって、プライドの高い男だから決して手抜きはしないと思うよ。早い方がいいよね。ちょっと待ってて」
そう言って和泉は携帯電話を操作し始めた。




