少女漫画の思い出
あれは中学生ぐらいの頃だっただろうか。
旅館の仕事が忙しくて、美咲はめったに学校行事に参加することはしなかった。
だけど、一度だけ遠足に参加したことがある。
その時のことだ。
クラス全員で集合写真を撮ることになった。
並び方については特に指示がなかったので、美咲は目立たないよう、隅っこに隠れるように立っていた。
すると。当時の副担任だった教師がいきなり言った。
『おい、寒河江は真ん中に来い。お前は美人だから画映りするぞ』
彼はきっと冗談のつもり、というか、軽い気持ちで言ったに違いない。
だけど。その時のクラスメートの視線は突き刺さるように痛かった。
本当は嫌だった。
逃げ出したい気持ちで、でも教師の言うことには逆らえず、他の女子生徒も冗談半分のように真ん中に行きなよ、と笑いながら美咲の肩を押した。
彼女達の眼は少しも笑っていなかった。
「あら、嫌なの? 嫌なら、無理にとは言わないけど……」
今は、そう訊ねてくる口調にはトゲも何もなく、ただ申し訳なさそうな雰囲気しか読みとることができなかった。
「あ、いいえ。ごめんなさい……ただ」
「ネットにアップするなってこと? それなら、しないって約束するわ」
実を言うと美咲は彼女の言っていることが半分理解できなかったのだが、曖昧に微笑んでおいた。
「それともまさか、未だに写真を撮られると、魂を抜かれるとか信じてるの?!」
いつの話だ、それは。
おかしくなって美咲は思わず笑ってしまった。
カシャ!
シャッター音が聞こえた。
「今の笑顔、とってもチャーミングだったわよ? ごめんなさい、勝手に写真撮っちゃったわ」
随分、あっけらかんとしている。
美咲は会って間もないこの外国人女性に好感を覚えつつあった。
それからなぜか、碧い瞳がまじまじとこちらを見つめてきた。
「あの……?」
「ねぇ、あなた。ひょっとして学生時代、こんなことなかった? えっと、名前は……」
「美咲、です」
「美咲ちゃんと並んで映ると『引き立て役になるから嫌~』とかなんとか、言われたことない?」
確かに、そんなことがあった。
卒業写真を撮る時のことである。
遠足の時にあんなことがあったから、撮影の日には学校に来るな、と同じクラスの子達から散々言われたことを思い出す。
彼女達は冗談めかして言っていたが、間違いなく本気だっただろう。
「実は私、以前にそんな少女漫画を読んだことがあるの。綺麗な顔をしてるばっかりに、一緒に映るのは嫌、とか言っていつも仲間外れにされた女の子の出てくる話。ほんと、女心っていうのは複雑よね~」
少女漫画。美咲はほとんど読んだことがない。
学生時代、ただ一人だけ仲良くしてくれた少女から何冊か借りて読んだことがあるが、内容はあまり覚えていない。
美咲は自分のカバンから携帯電話を取り出した。
「……あなたとだったら、私の方が引き立て役になってしまいます。でも、私はそんなこと気にしませんから。一緒に写真、撮りませんか?」
するとビアンカは笑った。
「あら、なかなかお上手ね」
確かに長い間客商売に携わる内、美咲もそれなりのリップサービスを覚えた。
だが、ビアンカに関してはお世辞でも何でもない。
彼女は本当に綺麗な人だ。
「じゃあ、写真撮り合って、連絡先を交換し合いましょ? お近づきの印にね」
パチン、とウィンクして見せる表情も様になっていた。




