振りまくのは愛想でなく、愛嬌。
乾杯の音頭が始まるまでは、賢司に付き合って、美咲自身はまったく知らない人達に挨拶回りをしなければならない。
貼り付けた笑顔で愛嬌を振りまいて、いつもお世話になっておりますと頭を下げる。
くたびれた。
一通りの挨拶を終えたら、なんとか少しの自由が得られる。
美咲は壁際に設置された椅子に腰を下ろして、ふぅと一息つく。
それから何気なく入ってくる新しい客達の姿を見守っていて、息を呑んだ。
駿河だ。
彼はこちらに気付かず、立って乾杯の音頭を待っている招待客達に挨拶して回っている。
美咲はなるべく相手に気付かれないように顔を背けた。
どうしてこんなところに? そしてすぐ気付いた。
父親の代理だろう。
建設業界トップにいる彼の父親は代議士ともつながりが深い。まさか賢司の仕業か?
どうか見つかりませんように。
美咲は胸の内で懸命に祈った。
それでも視線はいつの間にか彼の姿を追っている。
駿河は決して社交的なタイプではない。こういう場で愛嬌を振りまき、やたらに頭を下げることはしないだろう。どちらかと言えば人から声を掛けられて応対する方だ。
ステージ上にはまだ誰もいない。会場はいわゆる『ご歓談』状況にある。
乾杯の音頭が始まった。
美咲はできるだけ目立たないよう、隅っこの方に立ってグラスを持つ。
「……彼、来ているね」
いつの間にか隣に立っていた賢司が耳元で囁く。
「挨拶したら?」
美咲は思わず夫を睨んだ。
「そんな顔したらダメだよ。せっかくのメイクも着物も台無しだ」
肩に手を回される。背筋を悪寒が走った。
そうね、と賢司の手に手を重ねる。そうすると自然に解放された。
駿河はこちらに気づいていない。どうかこのまま、会わないで済むならその方がどれだけいいか……。
賢司はまた、美咲の知らない人間に話しかけられ、そちらへ移動していく。
一息ついたところへ、すぐ近くから女性の声がした。
「どうしたの? なんだか顔色が悪いわ」
美咲が声のした方を振り向くと、先ほど声をかけてくれた白人女性……ビアンカだった。
「いえ、なんでもありません」
「無理しない方がいいわよ? 私、今日は父の代理で来てるんだけど……ほんと、こういう席って肩が凝るっていうか、疲れちゃう。なんていうの? ほらタヌキとキツネの化かし合いっていうのか……作り笑顔を張りつけて、心にもない社交辞令を並べ立ててゴマすりっていうの? バカバカしくって」
「……本当に、日本語がお上手なんですね」
美咲は驚いて彼女の横顔を見つめた。
ビアンカは微笑む。
「ねぇ、一緒に写真撮らない? あなたの着物、とっても素敵!!」
こちらがまだ返事をしない内に、彼女はスマホを取り出してレンズを向ける。
ふと、美咲は学生時代のことを思い出してしまった。




