なんとか先生を励ます会
出来あがった新しい着物に袖を通しても、美咲の心は晴れなかった。
周はあくまで前向きに旅館の再建を考えてくれている。気持ちはすごく嬉しいけれど、彼女自身は正直言ってあきらめかけている。
伯父が社長でいる限りは無理だ。
ふと時計を見た。そろそろ出かけなければ。
今日は地元代議士の田代という政治家の資金集めパーティーがある。午後7時からだが、できるだけ早めに来るよう言われている。
パーティー会場に到着するとロビーで既に、賢司が待っていた。
彼は職場から直行したらしいが、きちんと身なりは整えている。
「よく似合うね」
何かあったのだろうか? 今日は機嫌がいいらしい。
会場である6階に到着し、エレベーターを降りたところで「あら……?」と、美咲はドレス姿の女性に声をかけられた。
金髪碧眼の外国人女性。どこかで見たような気がする。
「こないだ、宮島で……お会いしませんでしたか?」
思い出した。あのアレックスとかいう痴漢の知り合いだ。
「ええ、あの時はどうも、ありがとうございました」
「あれから私、急用ができて先に帰ったんですけど、大丈夫でしたか? アレックスったら、すっかりあなたのことを気に入ってたから。もしかして、何か困ったことがありませんでしたか?」
実はあれから警察のお世話になったなんて言いづらい。
大丈夫ですよ、と答えると女性はほっと息をついた。
「知っている人かい?」こそっと賢司が尋ねる。
「ええ、少しだけ……」
すると女性は微笑んで、
「そういえば自己紹介もまだでしたね。私、ビアンカ・ハイゼンベルクといいます。ドイツ人なんですけど、日本の方が長いので、日本語の方がよくわかります」
どうりで流暢な日本語なわけだ。
「藤江美咲……です」
ビアンカはくすくすと笑って、
「そうですよね。じゃあ、あなたが『アキヒコ』さん?」と、賢司に問いかけた。
すると賢司は一瞬言葉を失い、それから苦々しい表情を見せた。
「違います」
「……失礼しました」
ビアンカは不思議そうな顔をしている。
そして、賢司はついさっきまで上機嫌だったのに、急に不機嫌になってしまった。
何が地雷だったのだろう。
しかし彼は誰か知り合いを見つけたらしく、すぐに笑顔を装って、そちらへ急いで向かっていく。
美咲は1人残されたままだ。
「素敵な着物ですね。私、和服が好きで……」
流暢な日本語で金髪の美女が話しかけてくる。
ニコニコと人懐っこい笑顔が魅力的で、美咲は一気に彼女へ好感を覚えた。
「ビアンカ、そろそろ中へ」
と、彼女に呼びかけたのはやはり先日、宮島でアレックスと一緒にいた日本人の若い男性だ。スーツにネクタイを締めている。
「あれ、確か……」
美咲はぺこり、と頭を下げた。
相手も会釈を返す。
この人達はどういう関係なのだろう?
政治家の資金集めパーティーなどに、よほどの興味でもない限りごく普通の一般人がやってくるのは稀だ。
ふと美咲は学生時代からの友人が好きだった推理小説のシリーズを思い出した。
確かアメリカの副大統領の娘と、彼女のエスコート役であるどこかの大学の准教授。
ビアンカもまたそのような立場の女性なのかもしれない。
肌が白くて、眼が碧くて髪は絹糸みたいで、素敵だな……と美咲は思った。




