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ナンパ野郎

「あの、すみません」

 先ほどの外人の連れである、邦人男性が店に戻ってきて、周に声をかけてきた。

「僕、広島経大の学生なんですけど……今、県内の観光事業の活性化っていうテーマでアンケートをお願いしていて……協力していただけませんか?」

 ボールペンとボードに貼りつけられた用紙を渡され、周はなんとなく気圧されて受け取った。

 実は地元民なんだけど……なんて、今さら言えない。

 適当なことを記入して、アンケート用紙を返した。


 予定では買い物の後、帰途に着くとなっている。

 待ち合わせのフェリー乗り場で周達が男の子達を待っていると、また、

「アキヒコ~!!」

 アレックスが美咲を追いかけてやってきた。


 周は姉の前に立ちはだかり、近付けないようにしたが効果はなかった。

 挿絵(By みてみん)

 

 彼は謎の言語でまくしたて、それから美咲の手を両手で握り、彼女の頬に唇を近付けようとした。

「気安く触るな、外人!!」

 周はアレックスの肩を掴んで引っ張った。


 が、いかんせん体格の差がありすぎる。少しも効果がなかった。

 嫌がる姉が悲鳴を上げる。

 しかし相手はかまわず、なおも執拗に抱きついてくる。


「離せ!!」

 周がアレックスの襟首をつかんで引っ張ると、彼はうるさそうに振り返り、先ほど『シンイチ』にしたのと同じように肩を突き飛ばしてきた。

 その衝撃が思ったよりも強く、周はバランスを崩して尻もちをついてしまう。

「警察、おまわりさん呼んで!!」

 周が二人の少女に叫ぶと、二人とも手をつないで走りだした。


 傍を通りかかった人達はみな、ただ様子を見ているだけだった。


 アレックスは美咲を解放して彼女に背を向け、周の方を向いた。

 そしてニヤリと唇の端に笑みを浮かべる。何か一言二言呟くと、周の胸ぐらを掴んで持ち上げた。

 戦後間もない日本の原風景のようだ。

 足が宙に浮いている。息が苦しい。

 

 どうしてこんなことに……!!

 

 ピピーっ、と警笛が鳴り響く。警備員が駆けつけて来てくれたようだ。


 しばらくして所轄から地域課の警官二人が到着した。

 まだ若い警官と、中年の警官は顔を見合わせて困っていた。

 若い方は英語なら少しわかるが、中年の方は日本語以外さっぱりだと言っている。

「とりあえず本部に連絡して、英語のわかる人呼ぶしかないんかね?」

 狭い派出所のパイプ椅子に座り、周と美咲は事情聴取に応じていた。


 アレックスはと言えば懲りずに、ひたすら美咲に熱い視線を送っている。

 幼い子供達と友人達にはフェリー乗り場で待ってもらっている。

「この外人さんの連れの人が、どこかにいないんですか? さっきは一緒だったけど」

 周が言うと中年の警官は、

「何て人?」

「確か、シンイチとか……広島経済大学の学生って言ってましたけど」

 それだけじゃねぇ、と警官は苦笑する。

「ま、もう少ししたら英語のわかる人が到着するけぇ。それで、あんたからまず事情を聞こうかね……」

 そこで周は詳しい経緯を話した。

「要するに痴漢ちゅうことか。でもなぁ……外人さんにとっちゃ、普通の挨拶なんじゃけどね」

「ここは日本です!」

「そりゃそうなんじゃが……」

「挨拶でも何でも、相手が嫌がることをするのは何人でも許されないでしょう?」

 アレックスが何か言ったのが聞こえた。

 意味はわからなかったが、侮蔑だということだけは感じ取れた。

 周は思い切り相手を睨みつけた。


「ところで『アキヒコ』って誰? さっきからずっと、この外人さんが言ってるんだけど」

 若い警官が尋ねる。

 ぎくり。

「あ、あの、それは……」

 やがて私服警官が到着した。


 彼はおそらく英語でアレックスに話しかけ、少しの遣り取りをした後、

「……申し訳なかった、と言っています」

 ほんとかよ? と、思ったが黙っておく。

「あまりにも美しい女性だったので、是非お近づきになりたかったのだ、と。自分は広島市内に住んでいるので、いつでも連絡を……とのことです」

 周は美咲の手を取って立ち上がる。

「通訳してもらえます? 二度とうちの姉に近づくなって。今日のことは忘れてやるから」

 行こうぜ、と彼は急ぎ足でフェリー乗り場に向かった。


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