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キレた人造人間

『おう、浅井さんの入院先がわかったぞ』

 宮島にいる元刑事の料理人からだ。思いがけない連絡に感謝する。

 和泉は礼を言った。

 安芸総合病院。県警本部からすぐの場所だ。


「ちょっと出かけてきます」

 早く戻れよ、と父の声を背中に聞きながら和泉は刑事部屋を出た。

 そこでばったり駿河と鉢合わせする。

「葵ちゃんも一緒においで」

 和泉は彼の手をつかんで足早に歩き出した。


 年齢は既に80近いと聞いていたが、皺は多いものの肌はつやがあり、頭はしっかりしているようだった。初めて会う浅井梅子は訪ねてきた刑事二人をジロリと睨んだ。

「こんなとこまで押しかけてくるんか……」

「恨むんなら八塚さんを恨んでください。入院先を教えてくれたのは彼です」

「あの小僧め……」

 点滴を指している梅子は眼だけ動かしてきょろきょろとまわりを見回す。

 八塚の名前を聞いて駿河が少し反応した。

「で、わしに何を聞きたいんじゃ?」

「御柳亭のこと……というより寒河江さん家の事情と言ったところでしょうか」

「寒河江の?」

「ええ。出来る限り詳しく」

「……何のために?」

「美咲さんの汚名を晴らすためです」

 美咲の名前が出た瞬間、梅子の表情が変わった。


 それから駿河に、

「よう見たらあんた……若い駐在さんじゃないか」

「お久しぶりです」

 駿河が宮島で駐在所勤務をしていたことは和泉も知っている。

「今、どこにおるんじゃ?」

「県警捜査1課にいます」

「ほうか、ほんなら……念願かなってじゃねぇ。じゃけん、あの子も……」

 梅子はうっすら涙ぐんでいるように見えた。


 彼女はかつて島で唯一の小学校で教師をしていたらしい。美咲とその母親も受け持ったこともあるそうだ。だから彼女達のことはよく知っている。


「単刀直入にお聞きします。今から約20年前に起きた御柳亭で起きた横領事件の真犯人は誰ですか?」

「……あんた、わしゃ公務員じゃったけぇって、学校の教師であって警察官じゃないんよ。そんなん、知るわけなかろうが」

「でも、少なくとも情報は入ってきているでしょう。あの旅館で働くほとんどの人があなたの教え子で、何かとあなたのところへ相談に来てきたというじゃありませんか」

「……知らん」

「誰を庇っているんです?」

「知らんちゅうとるじゃろうが!」

 梅子が大きな声を出したので、驚いた看護師が飛んでくる。


「浅井さん、どうしました?!」

「看護師さん、腰が痛くて、頭も痛い」

「わかりました、今先生を呼びますからね……」

 早く帰れ、と看護師が目で言っている。

「また来ますからね」和泉は言い残して病室を出た。


 手ぶらで来たのが気に入らなかったのか。

 あるいは、本当に誰かを庇っているのか。

 

 イライラする。

 病院を出たところで、風に吹かれて空き缶が和泉の足元に流れてきた。

 思い切り踏みつけて空き缶のゴミ箱に投げ入れた。


 ふと隣を見ると、駿河はぼんやりしている。

 冗談のつもりはない。

 美咲のことは本当に好きだが、恋愛感情とは違う。

 だが、もちろん駿河はそんなことを理解していない。


 つい、和泉の悪い癖が出た。

「美咲さんも、石岡さんと結婚すれば良かったんだよ。そうすれば旅館を辞めて二人で料理屋か何か初めて、上手く行ったかもしれないし、もしかしたら彼が社長になったら経営が持ち直したかもしれないのに」

 聡介が聞いたら大目玉だろう。

 父がいないのをいいことに、和泉は調子に乗って話し続ける。

「父親が怖くて逆らえないなんていう情けないお坊っちゃまよりも、多少前科があろうと気骨のある庶民の方がよっぽど彼女に相応しいよね」

 駿河が女性なら泣きだすか、ビンタを喰らわせてくるところだろう。


 そして、いつも滅多に感情を口にも顔にも出さない彼は、めずらしい行動へ出た。

 バキっという鈍い音。

 和泉は右頬に強い衝撃を感じた。


「あんたに何がわかるんだ?!」

 まったくそのとおりなんだどね。

 そもそも、さっきの意見は君の教育係だった八塚さんっていう元刑事が言っていたことなんだけど……。


 自業自得とはいえ頭を叩かれるわ、頬を殴られるわ、今日は散々な日だ。

 和泉は駿河に殴られた頬をさすりながら、聡介に何か聞かれた時の言い訳を必死で考えていた。


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