遊びに行ってもいいですか?
「……何が?」
「退屈しのぎなら、和泉さんに声をかければ喜んだだろう」
「だって……留守だったし」
ああ、と彼は不揃いのマグカップを二つ取り出した。
「そういえば、初恋の人に会いに行くと言っていたな」
「へっ?! 和泉さんにそんな人、いたんだ?」
「……昨日、班長とそんな話をしていたのをちらっと聞いた」
驚いた。
「もしかして……別れた奥さんとか……?」
駿河はしゃがみ込んで足元の三毛猫を撫で、
「詳しいことは何も知らない」と答えた。
「……そういう話、しないの……?」
すると彼はなぜか遠い眼をして、
「和泉さんと仕事以外のことで、まともな会話をした記憶は少ない」
ああ、納得。
「ただ……別れた奥さんは、前の県警本部長の娘さんだという話だけは聞いた」
「なんだよそれ。出世のため? よくあるだろ、そういうの」
駿河は黙ってしまった。
マズイことを言ったのだろうか?
湯が沸く。
「……そうだな」彼はコーヒーの入ったカップと、切り分けたケーキを皿に乗せ、周の前に置いた。「確かにあの若さで、ノンキャリアで警部補というのは……」
「でも和泉さんは仕事のできる人だろ?」
「君は……僕と、和泉さんについて論じ合うために来たのか?」
「ち、違う、そうじゃない! す、数学でわかんないとこあって、教えてもらいたかったんだよ」
もしかしたらあてになるかも、と思って参考書を持参した。
周はカバンから数学の参考書を取り出し、ここ、と付箋を貼ったページを開いて見せる。
駿河は参考書を手に取り約3分余り黙りこんだ。
やがて彼は徐にシャーペンを手に持つと、さらさらと回答を書き込み始めた。
「……これで合っているか?」
「いや、問題を解いてくれって言った訳じゃなくて、教えてくれって……」
「……」
「いいや、後で和泉さんにメールする」
周は参考書をしまおうとしたが、駿河はそれを止めて、恐らく例題がこう説明していることから察するに、自分としてはこのように考えた、と、まるで上司に報告するような言い方で話し始めた。
正直なところ消化不良気味であったが一生懸命さは伝わってきた。
その真剣な横顔を見ていて、周は思わず笑いそうになってしまう。
「……ありがとう」
周が微笑むと、無表情な駿河の頬が少しだけ赤くなったような気がした。
それから二人で一生懸命数学の問題を解いて、気がつけば正午になった。
食事はほとんど外食かコンビニだという駿河の為に、何も事件が起きなければ3日ぐらいは日持ちする料理を用意してやろうと、周は彼と一緒に近所のスーパーに出かけた。
好き嫌いは何もないというので、周は旬のものを選んでカゴに入れた。
「ずいぶん手慣れているんだな」
レジで会計を済ませた後、食料品を袋に詰めていると駿河が言った。
「ま、伊達に長い間主婦めいたことしてないからな。ほら、これ袋に詰めて」
「えらいな……」
なんと返事をしたものか困ってしまった。
それから周は二人分の昼食と、作り置きの料理を小さくて使い勝手の悪いコンロで仕上げた。
二人の距離感が少し変……(絵の話です)