しむら~後ろ~!
すっかり動揺している。
振り返らなくても和泉は駿河の胸の内が手に取るようにわかった。
彼は真っ直ぐで純情なのが美点だが、何もかも額面通りに受け取ってしまうきらいがある。
幼い頃から、人の笑顔の裏を読み取ろうとして生きてきた和泉とは大違いだ。
刑事部屋の入り口で、和泉は昼休憩から帰って来た結衣と廊下でばったり出会った。
「あ、和泉さん。お疲れ様です」
朝からずっと気になっていたのだが、彼女は何か言いたそうな顔でこちらを見ている。
が、こちらから水を向けるほど和泉は人が良くはない。
すると覚悟を決めたのか、結衣は和泉の前に立ちはだかった。
「あの、和泉さん! 来週か来月でもいいんですけど、都合のつく日ってあります?」
「何、合コンのお誘い?」
「う、まぁ……はい」
冗談のつもりだったが、まさかビンゴとは。
「何も事件が起きなければ、いつでもいいよ。と、言いたいところだけど……」
何を言い出すつもりかしら? と結衣の顔には書いてある。
「僕なんかでいいのかな? 流川のゲイバーで、美少年を愛でる趣味があるんだけど」
ひぃっ!! 結衣が妙な悲鳴を上げた。
「う、う、噂は本当だったんですか?!」
この子はリアクションがおもしろい。
それでつい、余計なことを言いたくなってしまう。
「実は、奥さんに逃げられた原因ってのがね……それなんだ」
結衣の額に大粒の汗が浮かぶ。和泉は悪ノリして、
「美少年にとどまらず、イケてるオジさんにも興味の対象は広がっちゃって……一時期は聡さんとの仲も疑われたことがあってね」
今度は顔から血の気が引いた。
「今じゃ事実婚っていうんだってね? 同棲のこと。聡さんと一緒に暮らしてるからってそんなふうに言われてるんだよ。でも僕、聡さんとなら……」
ごーん!!
和泉は後頭部に激しい衝撃を覚え、つい廊下に膝を着いた。
「そ、聡さん……中身の入ったペットボトルは凶器ですよ……」
「本気にするな、うさこ」
痛い……と呟きながら和泉は自分の席に戻った。
駿河はまだ自動販売機の前で固まっているのだろうか? 姿が見えない。
まぁいいや、仕事に戻ろう。
結局、あれから浅井梅子には会えていない。
今朝、例の元刑事から連絡があった。
彼女はしばらく入院するのだと。どこの病院かまでは知らないそうだ。
島内には入院できるほどの規模の病院はないはずだ。
となると、市内のどこかに違いない。
そうのんびりもしていられない。片っぱしから病院を探るか。
そうかと思えば一方で、元妻の出現で少し面倒くさいことになった。
和泉について、彼が流川のゲイバーに出没しているという噂が、よりによって県警の運営するホームページの掲示板に書き込まれたと今朝、聞いた。
すぐに静香の仕業だとピンときた。
ネット社会の今、噂の広がりは驚くほど早い。
書き込みはすぐに削除されたが、消してもすぐに追加されるいたちごっこだ。
暇な女だ。まぁ、軽犯罪者のほぼ100パーセントが無職ということを考えると納得もいく。
別に県警内の誰にゲイだと疑われようが、ホモだと言われようが気にならない。
それよりも今はもっと大切なことがある。
その時、和泉の携帯電話が鳴った。
挿し絵に大きなミスが……あああ(汗)




