不良少女と呼ばれて?
自動販売機のすぐ傍には、休憩用のパイプ椅子がいくらか並べられている。
和泉はその内の一つに腰を下ろし、缶コーヒーのプルタブを開けながら、
「葵ちゃんて、反抗期とかあったの?」
突然何を言い出すのだろう?
不思議に思ったが、過去を振り返ってみる。
反抗期も何も、駿河は父親に逆らった記憶がない。子供の頃からずっとだ。
父親が恐ろしかった。
母親代わりに彼の面倒を見てくれた家政婦さんも、旦那様の言うことはよく聞かなければなりませんよ、といつも言い聞かせていた。
進路だって父親が決めたレールの上を走って来ただけだった。
期待に沿わなければならない。
そうしなければ、この人の息子ではいられない。
警察官になったのもそういう理由だ。
彼は幼い頃から夢を見ることを許されなかった。
警察庁に入庁したエリートの兄の後を追えとまでは言われなかったが、お前も警察官になって、兄さんの助けになれ。
だから、それが自分の生まれながらに背負った宿命のように感じていた。
「なかったと……思います」
「そんな感じだよね」和泉は笑う。
「和泉さんはどうだったんですか?」
「僕のことなんてどうでもいいんだよ。それよりも僕が言いたいのは、葵ちゃんも、もう少し反抗したらってこと」
「親にですか?」
「……まわりの状況にってこと」
どういう意味だ?
この人の言うことは時々、本当に訳がわからない。
「この世の中は多数意見が正しいってことになってるけど、本当にそうなのかな? 自分だけ人と意見が違うと、何か間違ってるのかなって不安になるのは無理もないけどね」
和泉はプルタブを開けてコーヒーを飲んだ。
この人は何を言おうとしているのだろう? 駿河は頭をフル回転させて、彼の言いたい事を理解しようと努めた。
「身体は子供、頭脳は大人な名探偵の台詞じゃないけどね、真実はいつも一つ。美咲さんはきっと泥棒の娘なんかじゃないよ。まわりの人も本当はそう考えてる」
「……!!」
まさか、この人は彼女のために20年前の横領事件を調べているのだろうか?
和泉は空き缶を器用にゴミ箱へ投げ入れ、立ち上がると背伸びをした。
「和泉さん……」
「なぁに?」
「あなたは、美咲のことを……?」
おそるおそる、駿河は彼の整った横顔を見上げた。
「周君にも言ったことあるんだけどね、僕は彼女ほどの素敵な女性に会ったのは、人生で二度目だよ。だから、好きだよって答えるかな」
駿河は言葉を失って、しばらく和泉の後ろ姿を見送るだけだった。




