なんとか君
はぁ~……。
結衣はコンビニで買ってきたお弁当をつつきながら、溜め息をついた。
昨夜さんざん何度も郁美に念押しされ、根負けする形で承諾したのだが、何と言って切りだそう?
和泉さん、来週あたり予定の空いてる日あります?
ただそれだけのことを言えばいいのに、声をかけるきっかけというかタイミングがつかめないでいる。
だいたい彼は電話で誰かと話しているか、班長と話しているか、そうでなければ席を外していることも多い。おまけにこの頃、何やら動きが怪しいのだ。
遅刻ギリギリに出勤してくるかと思えば、妙に早く来ることもあったり、夕方になると急いで帰り支度をする日が多く、そのため日中はいつになく集中して仕事している。
和泉の連絡先なら知っている。が、毎日顔を合わせているのに、あえてメールや電話というのも不自然な気がする。
再び溜め息をつきかけた時、部屋の入り口に人の気配を感じた。
昼休憩の時間、他の刑事達はみな、外に出ている。
電話番で結衣だけが残っている。誰か戻って来たのかな、と思ったらそうではなかった。
「ゆ~い~……」
郁美の声だ。
中に入ってくればいいのに、なぜか彼女は入り口のところで中を覗きこむような格好をしている。
「今、あんた一人?」
そうだと答えると、彼女は中に入ってきて、日下部の席に腰を下ろす。
「で、和泉さんに予定を聞いてくれた?」
やっぱりか!!
結衣が黙っていると、
「実はね、聞いてよ! 和泉さんとのことを、うちの相原班長が……高岡警部に話をつけてくれるって!!」
だったら、初めからそっちを頼れば良かったじゃないの。
少しだけイラっとしてしまった。
まぁ、上手く行くかどうかは謎だけどね。
「和泉さんっていつも、お昼はどうしてるか知ってる?」
「さぁ……あの人、たいていお昼は社食みたいだけど」
興味がないので知らない。とは、さすがに言えない。
郁美はしばらく部屋の中を見回していたが、やがてぽつり、と言った。
「……あの噂って、本当なのかな……」
「あの噂って?」
「あんたって、ほんと和泉さんに興味ないのね」あるもんか。「まぁ、ロクでもない噂だから信じてないけど」
「何? どんなの?!」
「なに目を輝かせてるのよ……まぁいいわ」
あの人なら、各方面でいろいろ良からぬことを言われているだろう。
「美少年好きだっていう噂。流川で、その手の店に出入りしてるって」
「……」
確かに、と結衣は妙に納得してしまった。
和泉が友永や日下部と一緒になって、週刊誌のいやらしい記事をネタに盛り上がっている場面を何度も見たが……もっとも班長の鉄槌が下って即中断させられる……彼は基本的に女性に対する興味が薄いように思える。
だからといって、イコール美少年好きというのは……。
ふと、結衣は思い出したことがあった。
あれは夏の頃だろうか。和泉と一緒に聞き込みに行った先で、彼の知人と思われる高校生ぐらいの少年に出会った。
その時、捜査本部ではその少年が親しくている男をある殺人事件の重要参考人として扱っており、半分以上クロだと考えていた。
その男が元暴走族のヘッドだったことから、人殺しもやりかねないという見方は無理もないし、結衣自身は妥当な判断だと思っていた。だが。
男に対して疑いをかける警察に対し、少年は猛反発した。
その子から警察なんか大嫌いだ、と言われた和泉は、失恋でもここまでいくだろうかというぐらい落ち込んでいた。
その後何があったのか知らないが、少年は和泉と和解し、その後の回復ぶりはまるで土砂降りの雨から雲一つない晴天に変わったかのようだった。
ちなみに美少年を女の子と見間違うような綺麗な顔と定義するならば、その少年の場合は少し違う。整った甘いマスクの可愛らしい、結衣は【ジュノンボーイ】と呼んでいる。
美少年なら、先月の事件以来、友永と親しくしているあの男の子の方だ。
「確かに、仲良くしてる可愛い男の子はいるけどね……」
え? と、郁美は顔をしかめたかと思うと、ものすごい勢いで結衣の両肩をつかみ、激しく揺さぶってくる。
「ちょっと、それどういうこと?! 誰なの?! どういう関係?! 名前は?!」
あれ、名前なんだったっけ……?
なんとか君だったのは確かなんだけど。
字が汚くてすみません……(汗)




