再配送をご希望の方は1を
一人で留守番する羽目になった周は、しばらくは勉強していたが、だんだん集中力が続かなくなってきた。
解らないところは和泉に頼もう。
そういえば、とダメ元でネットに接続してみる。名古屋シティフィルのコンサートチケットはしかし、既に完売となっていた。
ところで、父の友人は元気だろうか?
出演者一覧をチェックすると、いくらか知らない顔に変わっていた。
特にバイオリニストは去年までとはガラリと入れ換わっている。
父の友人は確か、ピアノを担当していたはずだ。彼が今年も出演するのを確認した後、周は深い溜め息をついた。
義姉さん達、何時に帰ってくるのかな……?
1人でいるのが意外に寂しいと気付いてしまうと、居ても立ってもいられなくなってしまった。
そうだ! と、隣の部屋を訪ねてみたが応答がない。
どうしようかな……周が携帯電話をいじっていると、銀行ATMの名が目にとまった。
もしかして捕まるかな?
周は少しドキドキしながら、駿河の携帯番号を鳴らした。
わりと長い間呼び出し音が鳴り、つながらないかとあきらめかけたとき、
『駿河です』と、声が聞こえた。
平坦で抑揚のない喋り方は電話を通すといっそう無機質に聞こえる。
このまま「再配送をご希望の方は1を、訂正する方は3を……」とでも始まりそうだ。
『もしもし?』
「あの、俺だけど……」
無言。続けていいのか周も悩んだ。
ややあってようやく、
『……用件は?』イラっと来た。
「用がなきゃ電話しちゃいけないのかよ?!」
『……そういう法律はない。もしかして暇なのか?』
「ああそうだよ! 暇だから、今からそっちに行ってやる!! 文句あるか?!」
傍で床に寝そべっていたメイが驚いて身を起こす。
『いいだろう』
あ、今日休みだったんだ?
『ただし、条件がある』
「……条件?」
『猫を一緒に連れて来い』
つーか、なんでいちいち命令口調なんだ?!
「待ってろよ? すぐに行くからな!!」
周は通話ボタンを切って、ゲージを取りに行った。
いつものことながらプリンは大人しくすんなりとカゴに入ってくれる。
なのにメイと来たら、カゴを見るとすなわち動物病院だと考えるらしく、必死に逃げ回る。
「もういいや、お前は留守番な」
周はプリンだけをカゴに入れて玄関に出た。
駿河の自宅の場所は知っている。自転車に跨って周は彼の部屋を目指した。
「……よく来たな」
どうも歓迎されているというより、ビビらずによく出向いたな、という意味にしか聞こえないのはなぜだろう。
いつもスーツにネクタイの姿しか知らない周は、シャツにジーパンと言う格好の駿河を初めて見た。
「ほら。連れて来てやったぜ? 一匹だけどな」
周はプリンの入ったカゴを手渡す。
駿河が微笑んだような気がした。
中に入れ、と言われるまま靴を脱ぐ。
あれは夏休み中だったが、彼が怪我をして入院した時、着替えや何かを取りにこの部屋へやって来たことがある。あの時は雑然とした部屋だったが、今日はすっきりしている。
プリンはカゴから出してもらうと、クンクンと辺りの匂いを嗅ぎ回っている。
「これ。義姉さんが焼いたケーキ。ありがたく食えよ?」
周は冷蔵庫にあったチーズケーキを持ってきた。
最近、時間ができた義姉はお菓子を作るのにはまっている。
「なぜ、僕なんだ?」
コンロにヤカンをかけて駿河は唐突に言った。
プリンは彼の足元に駆け寄った。