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まるで少女のような

 どれぐらいの時間そうしていただろうか。


 すっかり気持ちも落ち着いた頃、そろそろ帰る、と周は口にした。

「送っていくよ」

「え、和泉さんは……?」

「実は僕、今夜は当番でね。また仕事場に戻らないといけないんだよ」

 そんな……と、周は言葉を失った。


 すると和泉はにこっ、と笑う。

「そんな顔しないで。暇だったし、周君のためだったらどこへでも飛んで行くよ」

 どうしてこの人は、こんなに優しいのだろう。

 うん、とだけ返事をしてから周は黙り込んだ。


 マンションのエントランス前に到着する。

「あ、そうだ……」

 和泉から上着を借りっぱなしだったことに気付き、周は脱ごうとしたが、

「クリーニングに出してから、返すってことでもいい?」

 まだもう少し身に着けていたかった。

「いいよ」

 礼を言って車を降りてから周はプリンを腕に抱いて、エレベーターホールに向かった。

 

 借りた上着から和泉の匂いがする。

 まるで少女のように胸をときめかせながら歩いている自分がいた。

 

 美咲は心配しているだろう。

 早く帰らないと。


 5階に昇ると、今夜も和泉の元妻が玄関の前で待ち構えている。

 なんとなく周は借りた背広を脱いで腕に抱えた。

 お父さんの方もまだ帰っていないのだろうか。

 

 こんばんは、と挨拶だけしてやり過ごすつもりだった。

 しかし……。

「ねぇ、待って! その背広って……」

 周は反射的に背広を後ろに隠した。プリンも驚いて飛び降りる。

「見せなさいよ!」

 なんだ、この高飛車なオバさんは?


 和泉の元妻は驚きの素早さで周の後ろに回り込むと、背広を取り上げ検分し始めた。

「返せよ、それは和泉さんのだ!!」

「あなた、和泉とどういう関係なの?! あの人と会ったの? 私に報せろって言ったじゃない、どうして報せなかったの?!」

「あんたに命令されるいわれはない」

 周は彼女から背広を取り返した。

「それに、和泉さんがあんたに会いたいと思っているかどうかわからないだろ?」

 

 パン! と周は頬を叩かれた。

 和泉もかつてやられたのかな……? なんて、どうでもいいことを考えてしまった。

「私は、あの人に大切な話があるのよ!! どういうつもりなの?! どうして隠しておいたりするの?!」

 なんだ?! この女。

「そんなこと、俺の知ったことじゃ……!!」


「周君!?」

 その時、自分の家のドアが開いて、姉とメイが飛び出してきた。

 彼女は周を腕に抱き寄せ、私の弟に何をするんですか?! と、和泉の元妻を睨んだ。

「姉さん、俺なら大丈夫……」

 しかし姉は聞いていないようだ。

 静かに黙って相手を見つめる。

「私は、ただ……!」

 元妻はわなわなと震えながら俯く。


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