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スイートな名前

 上着を着てくれば良かったと後悔する。

 携帯電話は持って出たけれど。11月にもなれば外はだいぶ気温が低い。

 

 何も考えずに走って、気づけば周は近くの公園にいた。

 誰もいない。

 当たり前か、と周は苦笑しつつベンチに腰かけた。すると。

 

 足元にふわり、と柔らかい感触を覚えた。

 不思議に思って下を向くと、なんと三毛猫のプリンが後ろをついてきていたようだ。

 驚いて周は三毛猫を抱き上げた。


 いつも美咲の後ろをくっついてばかりいるくせに。

 この猫は時々、思いがけない行動に出る。

 

 プリンはしきりに鼻先を周のポケットに寄せ、何か言いたげに前肢をひっかけてくる。

 なんだよ、と周が訊ねても、当然ながら返事はない。


 やがてふと考えた。

 この三毛猫はもしや、携帯電話を探しているのではないか。


 まさか、と思いつつ周はポケットからスマートフォンを取り出す。

「お前は三毛猫ホームズか……?」

 苦笑しながらホーム画面を開くと、プリンは前肢をしきりに引っかけてくる。

 が、残念ながら猫の肉球にスマホは反応してくれなかった。


 誰にかける宛てもないけれど、周は悪戯に電話帳を繰った。

 50音順のわりと早い段階で『和泉彰彦』の名前が出てくる。

 周は思わず、ダイヤルボタンに指を滑らせていた。


 もう何日も和泉に会っていない。

 別れた奥さんだという女性は、あれからもちょくちょく隣室を訪ねてきては空振りしている。

 

 今日、学校で智哉と円城寺につい尋ねてみた。

 女の人が別れた旦那に会いにくるのはどういう事情だろう?


 二人ともなぜそんなことを? と、微妙な表情を見せたが、結論はどちらも同じだった。


 復縁を望んでいるのだと。


 確かにそれ以外にないだろうとは周も思っていた。


 でも、和泉はどうするのだろう?

 もし彼が元の奥さんとやり直すとしたら、今みたいに甘えたりできない。

 そもそも、言ってみれば『他人』に過ぎない彼にこれ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。


 すぐにはつながらなかったので、周は通話ボタンを切ってしまった。

 

 何やってんだ、俺……。

 

 しかし。すぐに着信音が鳴る。和泉からだ。

 ドキドキしながら着信ボタンを押す。

「……も、もしもし?」

『今、電話してくれたでしょ? ごめんね、すぐに出られなくて』

 どうしよう?

 周は躊躇し、すぐに次の言葉がでてこなかった。

『周君、今、どこにいるの?』

「えっと……」

『外だね?』

 確かに、すぐ傍を大型トラックの通り抜ける音が聞こえた。

『ちょっと待ってて、すぐに行くから』

 え?

 周が問い返すよりも前に電話は切れ、ツーツーと虚しい音がした。

 

 どうしよう? 動かない方がいいのだろうか。

 プリンは目を閉じて、周の膝の上で丸まっている。

 

 しばらくして。

「あれ? クッキーちゃん、それともチョコちゃん? あるいはキャラメルちゃんだったかな……」

 聞き慣れた声が、やはりふざけたことを言いながら近づいてくる。


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