三毛猫ニャー
火遊びなんかじゃなかった。
父は毎年、墓参りを欠かさなかった。
命日になると必ず、いつも同じ花束を買って、周を連れて母の墓参りに向かった。
雨の日であっても、晴れの日であっても、必ず長い時間、そこで無言の祈りを捧げた。
父は周に背を向け、肩を小さく震わせていた。
そして最後に必ず一言、
『咲子。君と一緒になりたかったよ……』
実際、今、周の頭の中は相当混乱している。
冷静な時ならそんなふうに、穿った考え方をしたりしない。
でも今は、何もかもが根底から覆され、足元からさらさらと崩れていく、そんな感覚に襲われている。
それからふと、周の脳裏に円城寺の顔が浮かんだ。
彼は自分の相談に真剣に耳を傾けてくれて、一緒になって努力してくれた。
何とかして美咲にとって有利になるようにそれだけを考えて。それなのに。
周にとって美咲の今の言葉はまるで、今まで彼女の為に払った努力をすべて否定されたような気分にさせられた。
周は美咲に背を向けた。
「……周君……?」
「……悪いけど、いきなりそんな話を聞かされて……すぐ返事なんて、できないから」
それから自分の部屋に戻る。
久しぶりに、鍵をかけた。
にゃー、と足元で猫の声がする。プリンがこちらを見上げている。
三毛猫を腕に抱き、周は猫の頭に自分の頬を擦りつけた。
「もう……何がなんだか、訳がわかんねぇよ……」
それからしばらく、周は自分の部屋に閉じこもっていた。
午後8時過ぎ。
しばらくは集中して明日の予習をしていたが、段々と集中力が途切れてきた。
何も食べていないから空腹でもある。
ふと周はベッドの方を見る。三毛猫が布団の真ん中で丸くなっていた。
コンコン、とノックの音。
「……周君、お風呂沸いてるわよ。それとも先にご飯食べる?」
美咲の声が聞こえた途端、プリンが目を覚ます。
ベッドから飛び降りて、ドアへ走っていき、開けろと催促する。
周がドアを開けると、強張った表情の姉が立っている。
周は少し考えてから口を開いた。
「さっきの話だけど……」
まだ、やや頭が混乱している。
美咲は何を言われるのかと身構えているようだ。
「俺の父さん……藤江悠司を、恨んだことある?」
「……」
短いが、確実に存在した『間』が、それを肯定しているように思えた。
「本音を言えば」
美咲は俯き、スカートの布を悪戯に掴んで、そうして答えてくれた。「藤江のおじさんよりも他に、お父さんになって欲しい人がいたわ」
そういうことか。
彼女にとっておそらく父は、平たく言えば『招かれざる客』だったに違いない。
もし父が彼女の母親に会わなければ。
会ったとしても、一介の客と仲居で終わっていたなら。
そうして。
あれこれと色々考えた末に、周の口から出たのは、
「……じゃあ、俺は生まれてこなければ良かった?」
美咲は顔を上げ、目を大きく見開き、やがて怒ったような顔になった。
「そんな訳ないでしょう?! どうしてそんなこと言うの?! あ、周君がいなかったら……私は……!!」
ぽろぽろ、と姉の瞳から涙がこぼれ出す。
おそらく間違いなく、彼女は本音を話している。
だけど。周は混乱していることもあり、素直に受け止めることができずにいた。
それもすべて賢司のせいだ。
優しい顔と穏やかな口調で、本当は何を考えているのか本人以外にはわからない。
「……ごめん、俺やっぱり、頭が混乱してて……」
「周君?」
周は机の上から携帯電話を取ると、そのまま玄関に向かった。
「どこに行くの?! 周君……!!」
「ちょっとだけ、頭冷やしてくる」
外は寒い。
きっと、少しは気持ちも落ち着くだろう。
そう期待して、周は外に出た。
サブタイトル……!!(汗)




