ここから先の表記は【義姉】から【姉】になる。
「私の母はね、【御柳亭】で仲居をしていたの。ある時、お客さんとしてきた藤江悠司さんという男の人と恋に落ちて……そうして周君、あなたが産まれたの。私も何度かお会いしたことがあるわ。優しくて、そう、周君にそっくりな人だったわ……」
あれは酔った父の戯言なんかじゃなかった。
「私、これからは周君と一緒に普通の姉弟として暮らしたい。あなたが卒業するまでの資金ならなんとかなるから。進学したいなら、それもきっと……お願いよ、周君!」
美咲は周の手を両手で包み、懇願するように言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、いきなりそんな話されても……頭が混乱して、ついていけない……」
けれど、なんとなくもしかして、と思うところはあった。
義姉の顔立ちは自分の良く知っている女性に似ていたからだ。
周を5歳まで育ててくれた女性。
母の双子の妹、つまり周にとっての叔母だ。
「結論は急がなくてもいいから。よく考えてね」
美咲は無理をして微笑んでいる。
どこか、弟が肯くに違いないと言う確信に似たものが見て取れた。
しかし周は、
「もし……俺がわかったって言ったら、じゃあ、二人でどうやって暮らしていくんだ?」
「心配いらないわ、私が働くもの。貯金だってあるし」
「働くって、どこで……? 旅館、なくなるんだろ」
途端に美咲の顔色が曇る。
しばらく、二人の間に沈黙が降りた。
周は少し彼女から目を逸らし、いつの間にか様子を伺うようにこちらを見ている三毛猫へ視線を向け、
「……俺は、姉さんが無理して笑う顔は見たくない!」
「……」
それから真っ直ぐに美咲へ向きあう。
しっかりと彼女の両肩に手を置いて。
「仮に一緒にここを出て暮らすことになっても、お互いに気を遣って、本音を押し隠して……仮面を被ったような生活するのか? 冗談じゃねぇよ! 俺、進学なんかしなくていい。すぐに学校辞めて働いてもいい。それだったら進学のための資金を旅館の経営の足しにすれば……」
今度は美咲の方が驚いた顔をする。
「だめよ、そんなの! 周君は、自分の進みたい方向へ進んでほしい。親のせいで人生を狂わされるのは、私だけで充分だから……」
親のせいで。
周にはそれが、遠回しに大好きな父親を非難されているように聞こえた。
すると何か、藤江悠司が遊びで寒河江咲子に手を出して、周が生まれたのが、すべての元凶だとでも言いたいのか?