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出生の秘密

 帰宅しても、兄の姿はなかった。

 少しだけホッとする。


 そう言えば、炊飯器のスイッチ入れて出かけたっけ?

 猫達が餌を催促してくる。

 周が急いで台所に向かおうとした時、何の前触れもなく、美咲が後ろから言った。


「周君、私ね。賢司さんと別れようと思っているの」

 突然、何を言い出すんだ?

「……なんで?」

 驚いて振り返った周の目に、俯いた姿の美咲の姿が映る。

「私があの人に嫁いだ理由は、前にも話したでしょう? 旅館を存続させることが目的で、借金の返済のためだったのよ。でも……もうおしまいだから」

「な、何言って……」

「ありがとうね、周君。周君の気持ちは本当に嬉しい。でもね……」

 思わず大きな声を出しかけた周を押しとどめたのは、美咲の思いがけない行動だった。


 柔らかいものが腕の中に飛び込んでくる。

「ね、義姉さん……?」

「お願い、周君! 私と一緒にここから出て!!」

 何を言われたのか、一瞬理解できなかった。


「なに……? それ、どういう意味……」

「もう、嫌なの! 今までいろんなこと我慢してきたけど、もう……もう嫌!!」

 こんなふうに取り乱す彼女の姿を見るのは初めてだ。

「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて……」

 しかし義姉は離れようとはしなかった。


 どうも、今日の義姉は情緒不安定だ。気持ちはわからなくもない。

 きっかけになったのはおそらく、先ほど見たポスターのせいだろう。


 周が知る限り、彼女は自分の仕事を愛していた。

 体力はいるし、気は遣うし、決して楽な仕事ではないけれど、それでも楽しんでやっていたように思う。

 その『仕事』がなくなってしまうことが、彼女にとってどれほどの打撃なのか。

 ましてその原因を作ったのが自分の親だと言われ、まわりから責められたりすれば。


 それからしばらくして、美咲はごめんね、と周から少し離れた。

 うっすらと目に涙が浮かんでいた。

「周君、高校を卒業したら進学するんでしょう?」

「……まだ、何も決めてない」

 それは事実だ。

 悩んでいて、決断がつきかねている。

「もし周君がこの家に、賢司さんと一緒に暮らしたいなら……話は別だけど、もし独立するつもりなら……私と一緒にこの家を出ましょう」

 美咲は周の表情を見て苦笑する。

「何を言ってるのかわからないって顔ね? 今だから、本当のことを言うわ……」


 こちらこそ、頭が混乱し始めている。

 自分はこれから話されることをちゃんと理解できるのだろうか? 自信はなかった。

「周君、あなたのお母さんは私の母親でもあるの。寒河江咲子が、藤江悠司さんとの間に産んだ子供が周君……つまり、私とあなたは父親の違う姉弟なのよ。義理なんかじゃなくて、本当に血がつながっているの」

「……」


 幼い頃、父親から聞いたことがある。

 お前には半分血のつながった姉さんがいるんだぞ。


 周はしかし、その話を本気にしたことはなかった。

「今までずっと言えなかったのは、あなたが自分は愛人の子だということで、辛い思いをしてきたって聞いたから。自分の出生を聞いたらきっと母親を恨むだろうし、私にも気を遣うんじゃないかと思って。でも、もう潮時だわ……」

 少し前、周は美咲に彼女の両親の話を聞かせて欲しいと頼んだことがある。

 その時はまさか自分がそこまで関わっているとは思っていなかった。

 義姉が言いにくそうにしていた理由もそれほど深く考えはしなかった。


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