二人でお出かけ
何を企んでいるのだろう?
車ではなく、路面電車に乗ろうと賢司が言い、美咲はそれに従う。
家を出て二人とも無言で歩きながら、美咲は幼い頃のことを思い出していた。
あれは周が生まれる前だから、約20年前になるだろうか。
父親を事件で亡くし、他に頼るあてもなかった母親は夫の実家である旅館に戻り、そこで住み込みの仲居という立場で働き始めた。
まわりは全員敵だった。
その上、母の咲子は、藤江悠司という妻子ある男性と不倫関係になった。
彼が旅館の客としてやってきて、部屋係を担当したのが母だった。
それからどんな経緯があって2人が恋に落ちたのかは知らない。
けれど、その話はやがて職場中に広まるようになった。当然、母のことを良く言う人はおらず、美咲はいつも孤独だった。
そんなある日、母が美咲を遊園地に連れて行ってくれると言った。
それは実質的には自分と恋人のデートに娘を連れて行くということだったが、驚いたことに相手も自分の息子を連れて来ていた。
それが藤江賢司との初めての出会いだった。
綺麗な顔をしているのに、暗い眼をした少年だった。
まるで生きているのが苦痛だとでもいうような。
かくいう自分も、彼の目には同じように映っていたのかもしれないが。
「賢司、美咲ちゃんをエスコートしてあげるんだぞ?」
賢司の父親、悠司に美咲も何度か会ったことがあるが、似ていない親子だと思った。
父親の言葉に頷いて彼は手を差し出してくれた。
美咲は少し躊躇したのち、その手に手を重ねた。冷たい手だった。
互いの親はその様子を見て満足すると、二人の世界に入り込んでしまった。
やがて親達の姿が見えなくなると彼は手を離した。
僕はここにいるから迷子にならないでね、とだけ言って彼はベンチに腰かけた。
「何にも乗らないの? 遊園地に来たのに」
その日は平日だったせいか、どのアトラクションも空いていた。
「……くだらない」彼はそう答えた。
「だったら私もここにいる」
一人で乗ったところで楽しくなんかない。
本当は母と二人で廻りたかった。
美咲は賢司の隣に腰かけた。
「君も親を、生まれてくる家を選べなかったんだね」
当時の美咲にはあまり理解できなかったが、なんとなく賢司の言い方にトゲを感じた。
今にして思えば、およそ子供の言う台詞ではない気がするが。
「あの二人、結婚するらしいよ」
「え?」
「僕の母親と別れて、君のお母さんと結婚するって父は言ってる。無理だと思うけど」
「……おじさんが、私のお父さんになってくれるの?」
それまでも時々、藤江悠司は母を訪ねて従業員寮にやって来ていた。
そしていつも美咲の為に、お菓子や洋服や文房具など、欲しいものをたくさん持ってきてくれた。
でも、おじさんより他にお父さんになって欲しい人がいる。
母にそのことを口にしたことはないけれど。
「二人とも、何にも乗らなくていいの?」
しばらくして母と悠司が、ベンチに座り込んで黙っている子供達の様子を見に来た。
「お母さんと一緒がいい!」美咲は思わず咲子に抱きついた。
「そうか、ごめんね美咲ちゃん。おじさんがお母さんを独り占めしちゃダメだよね。咲子、僕達はここで待ってるから、美咲ちゃんと一緒に何か乗っておいで」
おじさんは本当に優しい人だ。
周はやはり、父親に似たのだろう。
「……どこに何を買いに行くのか、少しも聞かないんだね」
不意に賢司の声が耳に届いて、美咲ははっと我に帰った。
別に興味ないもの。口には出さないが、胸の内で呟く。
「こんなふうに二人で歩くの、20年ぶりぐらいかな?」
もしや彼も、自分と同じ思い出を辿っていたのだろうか?
「ねぇ、美咲。あの頃から僕は君のことが好きだったって言ったら、信じてくれる?」