機械音痴
イラストは一条えりん様からのいただきものです。
可愛い……かわいすぎるでしょう?!
玄関のドアを開けると義姉の靴があった。
旅館が忙しかったのは一時的なものだったようだ。
嬉しいような、経営は大丈夫なのかと心配なような複雑な気分だ。
「おかえりなさい」美咲は笑顔で玄関に出迎えに出てくれる。
「ただいま……」
周が靴を脱いでいると猫達がまとわりついてくる。それと同時に、美咲がじっと自分の背中を見つめているのに気付いた。
「あのね、周君……大事な話があるの」
「な、何?」
「先に服を着替えて、手を洗ってからリビングにきて」
周は言われるままに従った。
リビングに入ると、テーブルの上に昨日焼いたパウンドケーキと紅茶が乗っている。
「実はね、旅館を閉めることになったのよ」
美咲は天気の話でもするかのように、あっさりと話し出した。
周はケーキを頬張りながらふーん、と頷いて、そして改めて驚いてしまった。
「な、なんで?!」
「やっぱり上手くいかなかったみたい……。なんていうのか、穴の空いたバケツに水を入れてるみたいな、そんな経営状態だったんですって」
ごくん、と口の中のものを紅茶で飲み下し、周は義姉の顔を見つめた。
それを言うなら『自転車操業』……。
それでね、と彼女は少し目を逸らして続ける。
周はその時、瞬間的に嫌な予感を覚えた。
「お、女将さんは?! 他の従業員達はどうなるんだよ?!」
思わず彼女の話を遮って叫んでしまう。
「わからない……でも」
もしや兄と別れる、と言い出すのではないか。
その方がいいと自分でも考えたくせに、いざとなると、彼女と他人になってしまうことが怖い。
周は内心で相当、焦っていた。
「な、なぁ! 本当にもう、どうしようもないのか?! なんて言ったっけ、ほら……会社の経営を見てくれる人……」
義姉は首を横に振る。
「もう、どうしようもないの」
すべてをあきらめきっているような彼女の言い草に、今度はカチンときた。
そして。
脳裏のあの男の無表情な顔が浮かんだ。
「バカ言うなよ! それじゃあ、なんのためにあいつのこと……」
裏切って、と言いかけて周は辛うじて飲み込んだ。
「あ、あいつ……駿河って刑事が言ってたよな? 大義のために私情を捨てたのなら、最後まで貫き通せ。そうでなければ僕も納得できない……とか、なんとか」
はっ、と美咲の表情に変化があらわれた。
あと一押し!!
「あきらめるのは、もうちょっと後でもいいんじゃねぇの? 最後の最後まで足掻いてみせて、それでもダメなら……」
美咲の瞳が潤む。
「俺も、何ができるかわからないけど……協力するから!! どうにかして存続……」
言いかけた時、周はふと思い出したことがあった。
「そうだ【ファイナンシャルプランナー】!!」
確か、会社の経営状態だとか、今後の方針なんかをアドバイスしてくれる存在。
優秀なファイナンシャルプランナーが倒産寸前だった会社をV字回復にまで引き上げたという、そんなサクセスストーリーは時々、テレビで放送される。
来て、と周は立ち上がるか早いか、義姉の手をとって自分の部屋に連れて行った。
パソコンの電源を入れる。
後をついてきた猫達が例によって、キーボードの上に横たわったり、マウスを触る手にちょっかいを出してくる。
「義姉さん、ちょっと猫達を抑えてて」
周はまず検索サイトを開いた。
広島県、会計士で検索をかけてみる。すると。
出てくる、出てくる。
「義姉さん、これ見て。ほら……相談できそうな人、すごくたくさんいるだろ?」
機械音痴な彼女は目を丸くして画面に見入っている。
座って、と美咲を椅子に座らせ、猫を引きとってからマウスを握らせる。
「操作方法、わかる? 画面をスクロールする時は、こうして……この矢印が指の形に変わったら、リンク……」
「……???」
だめだ、全然わかってないみたいだ。
「……本屋、行こうか?」




