気を遣うということは
ものすごく嬉しそうだ。
うさこは感情が表に出やすくてわかりやすい。裏表がなくていい。
駿河は、スキップを踏みながら班長の後ろをついて刑事部屋を出て行く彼女を見送りつつ、手元の書類に目を落とした。
「おい、ちょっといいか?」
急に大きな影に覆われて駿河が顔を上げると、傍に日下部が立っていた。
「何でしょうか?」
「……お前もしかして、うさこに気を遣ってるか?」
「仲間に気を遣うのは当然だと思いますが」
駿河の隣の席は和泉だ。
日下部は今席を外している和泉の席に腰を下ろし、きょろきょろと辺りを見回した。
友永は既に帰宅している。
「さっき班長がうさこに、ケーキ食いに連れて行ってやるって言った時、友永さんが邪魔しようとしただろ?」
「日下部さんでも気付いていたんですか?」
「てめぇ……」
「かわいそうですよ、滅多にない機会なのに」
結衣が班長に淡い恋心を抱いていることはたぶん班の中で暗黙の周知事項だ。
年齢の開きはあるが、悪くないと駿河自身は思う。
「お前、班長のこと何も知らないのか?」
「……班長のこと……?」
日下部はボリボリと短く刈った髪をかき回した。
「まぁ、県警内のタブーだからよ。若いお前が知らなくても無理はないだろうな」
『タブー』と『若い』。
気になる単語が二つ。
「何なんですか、いったい……」
「俺からは言えねぇよ。ただ、余計な気は回すな」
お節介だと言われてムッとする。
「うさこは俺の妹みたいなもんだ。俺は、あいつの泣く顔は見たくない」
駿河は正直、驚いていた。
どちらかと言うと三枚目の役どころである日下部が真面目な顔でカッコいいことを言っている。
「男と女のことは他人にはわから……かく言う……俺も、今の嫁さん……てめぇこら、和泉!! いい加減にしやがれっ!!」
「だってそこ、僕の席ですよ? 日下部さんの温もりが残る椅子なんて座りたくないです」
「だからって、人の眉毛に爪楊枝を刺すな!!」
「日下部さんも早く帰って、奥さんの家事を手伝ってあげたらどうです? バツイチの僕が言うんだから、説得力あるでしょう」
「……だったら、俺の膝の上に座るなボケ!!」
ああ、いつものだ。
駿河は先ほど日下部が何を言ったのか、半分忘れかけていた。
ぐったりと脱力して帰っていく同僚を見送った後、駿河も立ち上がる。
今日の当番は和泉のようだ。
「ねぇ、葵ちゃん知ってる?」
また始まった。
この人は当番の夜、いつもこうだ。一人になるのが寂しいからか、帰ろうとする仲間にどうでもいい話を振っては、少しでも出るのを遅らせようとする。
「御柳亭って、今年いっぱいで閉館するらしいよ」
知らなかった。というより、知る由もなかった。
「……なぜです?」
「興味あるなら自分で調べてみたら? 人の恋路を心配してあげる余裕があるならさ」
日下部といい、和泉といい、何を知っているのか知らないが、なんだか気に障る。
お先に失礼します、と駿河は立ち上がって職場を後にした。




