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人生で一番良い日

 つい、一昨日のことだ。

 組織的犯罪対策部1課の坪井課長は、結衣の上司である高岡警部と仲が良い。

 どこかの暴力団の下部組織にいる麻薬密売人を逮捕しようとして、部下の一人がヘマをし、むざむざ逃がしてしまった……というのはあまりにも不名誉な話だが、坪井課長と言う人は大雑把というか、とにかく見つけたらすぐ教えてくれ、と捜査1課にやってきて写真を見せて回った。

 

 もしかしたら、早々に始末されて、捜査1課強行犯係に出番が回ってくると踏んでいたのかもしれない。

 仲間2人は懐疑的というよりも、必死に記憶をまさぐっているようだ。

 

 しかし、結衣には自信があった。

「たぶん間違いありませんよ! だってほら、この腕のタトゥー……」

 タトゥーと言えば龍とか鳳凰などがメジャーなところだろうが、この遺体の腕にはなぜか『若葉マーク』、いわゆる免許とり立ての初心者マークが刻まれていた。

 いったいどういうセンスだろう? と、不思議に思ったことが結衣の頭にかなり強い印象を残していたからだ。

「おい、歯の治療痕や手術の跡なんかは?」

 廿日市南署の班長は若い鑑識員に怒鳴った。

「それは解剖に回さないと……」

「急げ! 女の言うことなんか信用できるか!!」


 久しぶりだ、こんなことを言われたのは。

 今の仲間達は誰も、結衣が女性だということで蔑視したりしない。ちゃんと班員の一人として扱ってくれる。

 

 その時。

 あからさまとも言える、大きな溜め息が聞こえた。

「……ロクに仕事ができないのに限って、よく『女のくせに』っていうのよね」

 げっ!!

 誰がそんな、本当のことだけど遠慮のない毒を吐くかと思えば……郁美だ。


 結衣は焦った。

 彼女は昔からそうだったが、相手がだれであろうと筋の通らないことを言う人間に対してまったく遠慮がなく、辛辣なことを平気で口にする。

 スカッとすることもあるけれど、大抵はヒヤヒヤさせられる。


 案の定、所轄の班長は不快感をあらわにした。

 しかし。相手はそこそこに大人だったらしい。

 怒鳴り散らすような真似はせず、

「あんた達、うちのこいつと組んで周辺の目撃情報を聞き込んでくれ。それからそっちのデカイ人……」

 班長はその辺に居た自分の部下を、彼らと組ませて聞き込みに回らせようとした。

 しかし日下部も駿河も動こうとしない。

「何やってんだ、早く……」

「なぜ、彼女の意見を取り合ってもらえないのでしょうか?」と、駿河。

「はぁ? あんた、何言ってんだ!! さっきも言った……」

「彼女が女性である、という理屈にならない理由なら、あなたの指示には従いたくありません。自分は班長の到着を待ちます」

 えっ?

「こいつの記憶力は間違いない……おい、坪井課長の番号知ってるか」

 日下部は結衣に言った。

 二人が自分の仲間だというはっきりした証に、結衣は感激した。

 

 が、当然ながらその場の空気は最悪なものとなる。

 

 そこへ班長である高岡聡介警部があらわれる。和泉と友永も一緒だ。

「……どうしたんだ?」

「あんた、班長さんか?」

「高岡です」

 すると所轄の班長は鼻を鳴らした。

「ずいぶん立派な部下をお持ちですな。こっちの指示は聞きたくないってな」

「違うんです、班長! 実は……」

 結衣を遮り、駿河が答えて言った。

「遺体の身元は既に割れています。組対1課の坪井警視が探している男です」

「……例の密売人か?」

 彰彦、と上司は息子に坪井課長へ連絡するよう指示を出した。

「周辺の聞き込みを徹底的に行え。この近くには水産会社や飲食店がたくさんあるから、目撃情報が出るかもしれん」

 班長はテキパキと指示を出し、刑事達はすぐに動き出す。

「うさこ、お前は俺と一緒に来い」

 高岡警部はそう言ってくれた。

「は、はい……!!」


 もしかしたら今日は人生で一番良い日かもしれない。

 結衣は思わず、目尻を拭って駆けだした。


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