動機について
『僕は可奈子が好きでした。だから、彼女の遺志を継ぐ決意をしたんです』
果たして本当に遺書にはそう書いてあったのだろうか?
復讐せよ、などと。
考えてみてもわからない。
和泉は窓越しに見える取調べの様子を見ながら、そう考えた。
『その晩のことを、詳しく話してください』
『あの日は可奈子の誕生日で命日でした。決行するならこの日しかない、そう考えました。いつも一緒に行くお好み焼き屋で、僕がアレックスに可奈子の話を振ったんです。奴は覚えていました……頭が悪くて不細工な、騙しやすい絶好のカモだった、ってそう言ったんです。許せませんでした』
『それで、どうしましたか?』
遠い記憶だが、和泉は思い出したことがあった。
いつだったか宮島で、西島進一とアレックスが言い争っていた場面を見たことを。
『僕は先に店を出ました。凶器を取りに行くため、です。その後、アレックスは1人でふらふら、あちこちの店を飲み歩いて……夜中に電話してきました。迎えに来い、と』
『それで、迎えに行ったんですね?』
『すっかり出来あがって動けなくなった奴を縛り上げて、荷台に積みました』
『それから、どうしました?』
『……マリーナへ行きました。父が所有する、クルーザーに乗せました。それからキャビンの中で、奴に暴行を加えました。でも、残念です。アルコールが回っていたので、おそらくそれほど痛みは感じなかったことでしょうね……そう、可奈子が奴からもらった指輪をはめて殴ってやったんです。そうしたら頬にくっきり、痕がのこっておもしろかったなぁ……』
ぞくり、と背筋を悪寒が走った。
『指輪なんですけど……あいつが他の女にプレゼントして、別れる時に要らないからって返されたやつを、そのまま可奈子に横流ししたんですよ。バカにするにも程があると思いませんか?』
『……』
進一は少し疲れたようで、ふぅと溜め息をついた。
『僕、知らなったんですけど……人を殴るって、けっこう疲れることなんですね』
『そうですよ』
『ちょっと疲れて、それから休憩して。もう、明け方が近かった頃かなぁ? その時にはだいぶアレックスも目が醒めたみたいでしたね……だから僕、とどめを刺しました』
あの時の様子は面白かったですよ、と進一は笑う。
『……遺体を、どうやって紅葉谷公園まで運びました?』
『台車を用意してあったんです。あんな大男、1人で運べるわけないじゃないですか』
『なぜ、紅葉谷公園だったのですか?』
『思い出の場所だったんです。可奈子との……』
恐らくそんなところだろうと思っていた。
『ところで、三村亜沙子さんですが……』
『誰ですか? それ』
『……』
『……へぇ、有名なバイオリニストですか。僕もクラシックは好きだけど、聞いたこともありませんね、そんな名前の人』
『質問を変えます。捜査1課の刑事達があなたを怪しんで、尾行を開始したことには気づいていましたか?』
『ええ、それはまぁ……』
『あの時、恐らく暴力団関係者と思われる人物達が5人ほど、張り込んでいた刑事達に襲いかかりました。あれは……あなたの差し金だったんですね?』
『……向こうに迷惑をかける訳にはいきませんから、黙っておきます』
『拳銃はどこから、どうやって入手しましたか?』
『言えません』
進一はそう答えたが、和泉にはなんとなく思い当たるところがあった。
彼の祖父、父親は確か不動産関係を生業としている。
その後も進一は三村亜沙子のことも、つながりがあるであろう暴力団関係者については一切否定し、語ろうとしなかった。




