解放されました
「私は可奈子が亡くなった後も留学期間を全うして……それから帰国しました。でもあのことがあってから、私と進一君の間には連帯感が生まれました。遺書の通りにすべきか否かで2人で何度も話し合いました。いいえ、彼の気持ちは既に固まっていたんです」
西島進一が逮捕されたという報せが結衣の元に入った。
人質は無事とのことだ。
ホッとしたら力が抜けたが、まだ仕事は残っている。
そのことを聞いた三村亜沙子は安心した表情を見せた。
「アレックスを殺す、と彼はそう決めていました。でも私は……彼に罪を犯させるぐらいならいっそ、私がこの手で……」
「それから……?」
「帰国してから私は、名古屋シティフィル楽団に入りました。そこにいればもしかしたらアレックスと再び会えるかもしれないと思ったからです」
どういうことだろう?
「お話し、していませんでしたっけ? アレックスの元フィアンセ、ビアンカのお父様は名古屋フィルのスポンサーなんです。彼女が時々父親と一緒に、練習やリハーサルを見に来ていることを私も知っていて、彼女のつてで、もしかしたらアレックスもやってくるのではないか。その読みは当たっていました」
その話は確か、結衣も聞いている。
彼女に寄り添って青い顔をしているピアニストから。
「アレックスは私のことを覚えていました。ドイツにいた時からそうでしたが、相変わらずしつこく言い寄られて……私はいいチャンスだと思いました。彼の寝首をかいてやるもりで、誘いに乗ったフリをしました」
ゾッとした。
亜沙子の話は続く。
「当時、彼は既に何人もの日本人女性と関係して事実上の詐欺を働いていました。可奈子のことで、どうやったら女性からお金を引き出すことができるのか学習していたようです。そして私は……どのタイミングで殺害を実行するか……図っていました」
つまり彼女は意図的にアレックスに近づき、そうして金銭を支払ったのだ。
騙されたフリをしていた。
結衣はふと、宏樹さんと呼ばれていたピアニストの顔色が優れないことに気付いた。
「あの、もしご気分が悪いのなら……医務室もありますから」
大丈夫です、と彼は答える。
宏樹さん、と亜沙子は声をかけた。
「私はね……あなたが思うような女じゃないの。すごく汚れてるのよ。そう、目的のためなら手段を選ばない……」
※※※※※※※※※
涙が止まらなかった。
弟の無事な姿を見た瞬間、美咲は他のことなど何も考えられなかった。
ぺたん、と腰を抜かして地面に座り込んでしまう。
「姉さん、心配かけてごめん」
いつもと変わらない声を聞いたら、張り詰めていたものがすっかり緩んだ。
「周君……あまねくん……っ!!」
ごめんな、と彼は何度も口にする。
それから手を差し伸べて、立ち上がらせてくれた。
美咲は首を横に振った。
良かった、生きている。
美咲はひたすら周に縋りついて、涙を流した。
抱き返してくれる腕はこんなにも温かい。
弟が無事だった。
それだけでいい。




