ハコ番とは交番勤務のこと
実を言うと、拳銃を握るのは交番勤務をしていた頃以来だ。
西島進一の住む部屋の玄関前。
駿河と友永、日下部の3名は犯人が正面玄関から出てきた際、すぐに確保できるようにと拳銃を手に待ち構えている。
当然ながら全員、拳銃と防弾装備を整えている。
「……実は俺、銃を持ったのはハコ番以来だ」
ぽつり、と友永が言う。そうだろう。
彼は長い間生活安全課にいたのだ。組織犯罪対策課であれば、もしかしたら銃を撃つ機会もあったかもしれないが。
彼が交番勤務以来だと言ったら、いったい何年のブランクがあると言うのだろう。
「俺も同じっす」日下部が追随する。
日頃はどちらかと言えばのんびりしている2人が、緊張に顔を強張らせている。
雑談をするな、などと駿河も責める気分ではなかった。二人ともきっと、何か言っていないと落ち着けないのだろう。
かくいう自分だってそうだ。
何よりも恐ろしいのは自分が怪我をすることよりもむしろ、周の身に何かあった時のことだ。
美咲の気持ちを思うと気が気ではない。
「なぁ、それにしてもジュニアの奴……タダ者じゃないと思ってたけど、まさか特殊捜査班の前身があったなんてな。知らなかった。ハコ番の後、すぐ刑事になったんだと勝手に思ってたが。日下部、お前あいつの同期だろ? 知ってたか?」
「まぁ、少しは……なんて言っても大抜擢でしたからね」
そう語る彼の口調には、少なからず羨望の気持ちが滲んでいた。
「いろんな意味で、敵には回したくねぇよな……あいつ」友永が言う。
「和泉さんは」
駿河が口を挟むと、2人が驚いた表情でこちらを見る。「少なくとも今の仲間を全員、信頼していると思います」
「そうかぁ?」
「だからこそ、我々にこの場を預けたのではありませんか?」
2人の刑事は顔を見合わせる。
駿河達、捜査1課の刑事達にこの場が任されたのは和泉の進言によるものだ。
目的はあくまで殺人容疑で西島進一を逮捕すること。
銃刀法違反、その他もろもろはオマケみたいなものだ、と。
ただ。人質救出のために動いてくれた特殊捜査班のメンバーがよく承知したものだ、とも思う。
「こういう、ドラマみたいなデカの仕事ってのも悪くねぇな」
友永は額にうっすら汗を浮かべながら、笑って拳銃を構える。
久しぶりだと言う割に、その姿勢はしっかりと様になっていた。
※※※※※※※※※
「先生、携帯鳴ってる……」
進一はとうとう黙りこんだ。
少し話し過ぎて、疲れたのかもしれない。
先ほどから何度も彼の携帯電話が鳴っている。かけてきているのは恐らく警察だろう。
周が身を捩ってディスプレイを確認しようとすると、
「動かないで」
短い言葉と共に再度、拳銃を向けられる。
「ねぇ先生、こんなことしてどうするの?」
「そりゃあ……捕まりたくないから。外国に逃げる時間と資金を稼ぎたくて。周君、ごめんね。こんなことに巻き込んで。でもきっと、あの刑事さん……助けに来てくれるよ」
「うん……」
すると進一は頬を歪めるようにして笑う。
「すごい、信頼してるんだ?」
「だって、何度も助けてもらったから」
すっかり恐怖におびえる、ということは今のところなかった。
必ず和泉が助けに来てくれるという信頼感が、周の気持ちを支えている。
「でもさ、今日が最後になるかもしれないね」
「どういう意味……?」
進一は拳銃の弾を詰めた部分を見ながら答える。
「弾は6発入ってたんだ。さっき1つ無駄にしちゃったから、残りは5発。至近距離なら外す心配はないよ。刑事が中に入ってきたら、容赦しないからね?」
周はさっと湧きあがる怒りを覚えた。
「ふざけんな!! あんた、人の命をなんだと思ってるんだ?!」
再び、銃口が向けられる。
しかし進一は泣き出しそうな顔をしていた。
「……可奈子のいない世界なんて……」
この人はもはや正気ではない。
周はそう思った。




