耳を澄ませて
結衣はふと感じた疑問を口にした。
「あの、確か可奈子さんは自殺なさったと聞きましたが……」
亜沙子は頷く。
「彼女は本気でアレックスと結婚できる、と信じていました。けど、それはかないませんでした。ある朝……彼の部屋から、他の女性が出てきたのを偶然に見てしまった可奈子はその日の夜……首を吊りました。もう、渡すお金もなくなっていて、それこそ完全に絶望してしまったのでしょう。遺書もありました」
なんということだろう。
身も心も捧げつくした挙げ句に、裏切られ、絶望した彼女。
結衣は思わず泣き出しそうになるのを必死でこらえた。
「私は……彼女の遺書を読みました。私と進一君に宛てて、書かれていました」
「どんな内容だったのですか?」
亜沙子は顔をあげ、結衣と新里の2人を等分に見つめて答える。
「ただ一言、アレックスに復讐しろ……と」
※※※※※※※※※
西島進一が住むマンションの屋上。
彼の住まいは角部屋で、幸いにも隣室は空き家だった。
周を人質に取った犯人が自宅マンションに戻り、部屋の中に立てこもったことは確認済みだ。救出のため編成された特殊捜査班の部隊は既に該当マンションの屋上と、隣の空室に待機し、指揮官の指示を待っている。
指揮官……特殊捜査班隊長は部下達に無線を通して指示を出した。
「手袋を落としたら、カウントダウン3秒開始。電力会社への協力要請は済んでいる。犯人を決して刺激しないように。仕事は素早く、正確に」
「……状況により、犯人の射殺は?」
隊員の一人が発言する。
「絶対なし」
当たり前だ。和泉は声に出さず、そう思った。
「確実に生かしたまま確保。多少の怪我ぐらいなら許す」
和泉は特殊捜査班の隊長とその部下の遣り取りを耳にしながら、掌の拳銃の所在を確かめる。
防護服、いわゆるアサルトスーツに身を包むのも、銃を手にするのも久しぶりだ。
それこそ刑事になってから初めてではないだろうか。
拳銃の携行が許されるのは、犯人が銃器を所持していることが確実である場合に限られる。テレビドラマのようにバンバン撃ち合うような真似は一切しない。
事件発生の一報を受けた際の、幹部達の反応の鈍さにはかなり苛立たされた。
しかし、思いがけない助けがあった。
捜査1課特殊捜査班の隊長より、自分の部隊を出動させてくれるという申し出があった。かつてその部隊での活動に経験のある和泉も、救出作戦に参加したいと希望したところ、了承してもらえたのである。
部隊を率いる上長と和泉が、旧知の仲だったおかげもあるだろう。
初任科を卒業して、短期間の交番勤務を終えた後、和泉は特殊捜査班銃器対策課に所属していた。高い身体能力と明晰な頭脳を買われての大抜擢である。
しかし今は、そんな古い思い出に浸っている場合ではない。
周を救い出さなければ。
例え、腕か足の一本を失うとしても。




