実は片想いだったりして
「どうして、可奈子さんは亡くなったの……?」
周はもはや、自分が置かれている状況を忘れかけている。
進一はふっと息をついて、それから答えた。
「自殺したんだ」
「……なんで……」
彼はちょこちょこと走り回る子猫を腕に抱き上げ、ケージの中に入れてしまう。
「もうすぐ警察の人が突入してくるかもしれないから、そうなったら踏み潰されちゃうかもしれない。危ないからね」
その台詞で周は我に帰った。
「そろそろ来てるよね、警察の人。ここ、最上階じゃない? 僕、前に映画かドラマで見たことあるんだよね。SATだったっけ。屋上からロープを垂らして降りてきて、ベランダに降りてくるんだよ。それから、窓を突き破って……」
そういう場面なら周も見たことがある。
「でもさ、そう簡単には捕まらないよ?」
進一はポケットに入れていた拳銃を取り出して見せる。
どうやって手に入れたんだろう? 周はそんなことを考えてしまった。
「どうして、自殺なんか……?」
周は、おそるおそる訊ねた。
進一は首を横に振る。
「バカだよ、可奈子は……僕がいるのに。僕を裏切って、あんな男なんか……!!」
「あんな男って誰?」
「アレックスだよ!!」
進一は吐き捨てるように叫んだ。
「あいつはゴキブリ、ただのダニだよ!! だから殺してやったんだ」
「どういう……こと?」
「可奈子はね、アレックスなんかのことを好きになっちゃったんだ。あいつにお金を貢いで、そうして……お金が尽きたら捨てられた。そういうこと」
だから自ら命を絶ったというのか?
「信じられないって顔してるね。けど、ほんとのことだよ」
周は進一から目を逸らした。
「何もかもに絶望した彼女は、自分の部屋で首を吊った。僕に宛てて遺書がのこっていたんだ……あいつに復讐しろって」
「嘘だ……」
根拠はないが、周は思わずそう呟いた。
「嘘なんかじゃない!! 今でも可奈子の声が聞こえるんだ、あいつを殺せ、死ぬよりも辛い思いを味わわせて、そうして……自分の痛みをわからせろ……ってね」
これを見て、と進一は襟からネックレスを取り出す。
以前は小指にはまっていた小さなリングがトップに飾られている。
「これ、可奈子の形見。アレックスにもらったんだって。でも……亜沙子さんから聞いたんだけど、元カノから返された指輪を横流ししたものなんだって。バカにしてるよね、ほんと」
「……」
「あいつに生きてる資格なんかない。可奈子には生きる権利があった。だから僕が彼女の代わりに裁きを執行したんだよ。きっと、喜んでるよね」
進一は指輪を見つめながらうっとりとした表情で言う。
「それは……違うよ」
周は呟いた。
進一の表情が俄かに強張る。
「確かに可奈子さんは生きる権利があった。だから、自分で命を絶つべきじゃなかった……そうじゃないの?」
携帯電話が鳴りだす。
周は構わず続ける。
「俺は同じ思いをしたことがないから、気持ちはわかる、なんて言えない。でも、先生はおかしい……本当は自分でも、どこかでそう思ってるんじゃないの?」
今まで見せたことのない、ものすごい形相で進一は周の胸ぐらを掴んで揺さぶってきた。
「お前に何がわかる?!」
ごほっ、と周はむせかえった。
「お、俺だって……死にたいって思ったこと、何度もある!!」
進一の手が止まる。
「藤江の家に引き取られた後は……本当にさんざんだった。なにか汚いもの、ゴミみたいに言われ続けて……なんで俺、生まれてきたんだろうって……でも、それでも生きてこられたのは父さんがいたから! 父さんが俺のこと、愛してくれたから!! 賢兄だって、本音はわからないけど、いつも俺の味方だった。だから……大好きだった父さんが事故で亡くなった時、俺も後を追うこと考えた……」
あの頃は本当に眠れない日々が何日も続いて、ロクに食事も取らず、今にして思えばよく生きていたものだと思う。
「でも……生きていたから、姉さんに会えたんだ!! それに、和泉さん……」
変な人だけど、優しい人。
彼のまわりにいる人達もみんな、とても優しい人達だ。
「俺には可奈子さんの気持ちも、先生の気持ちもわからないよ! けど、これだけは言える!! 自分で命を絶つことも、人の命を奪うことも、絶対にしちゃダメだ!!」
携帯電話が鳴りやんだ。




