紅一点
イラストは一条えりん様よりいただきました。
うさこ、可愛いでしょ?
稲葉結衣はその日、早朝から携帯電話の着信音で起こされた。
この頃は比較的平和な日々が続き、定時出勤で良かったから、久しぶりの早起きはきつかった。
はい……寝惚けた声で応答すると、なんと班長からだった。
一気に目が覚める。
事件発生の知らせ。
宮島口駅前に急行しろとの指示だ。
結衣は急いで顔を洗い、服を着替えて化粧をし、バタバタと玄関に向かった。
両親と暮らす彼女は、いつもは母親が用意してくれる朝食を食べてから出勤するのだが、今朝はそんな余裕がない。
「結衣ちゃん、また事件?」母親の声が背中から聞こえた。
「うん、しばらく帰れないから!」それだけ言い残すと、結衣は愛車に飛び乗る。
ぐずぐずしていると母親の愚痴が始まる。それだけはごめんだ。
いつも仕事が忙しいってばっかりで、ちっとも浮いた話がないじゃない。
好きな人はいないの?
こないだの婚活パーティーだって、仕事が入ったってキャンセルして……。
ああ、うるさい。
走り出して間もなく、携帯電話が鳴り出した。
最近、運転中にも通話できる機能を愛車に取り付けた。
『うさこ、もう出たか?』相棒の日下部からだ。
「はい、今現場に向かってますよ」
『悪い、俺を拾ってくれないか? 車検で足がないんだよ』
「了解でーす」そう答えて、その足で結衣は日下部の自宅に向かう。
初めて日下部に会った時は、身体がやたら大きくて少し怖そうな外見に少なからず身構えたが、中身は至って小心な気のいいおじさんだった。
少し歳の離れた実の兄によく似ていて、結衣はすぐに彼と打ち解けた。
日下部は時折、自宅に連れて行ってくれることもあり、彼の妻とも親しくなった。
相棒の家に到着すると、本人とその妻が待っていた。
「結衣ちゃん、おはよう」日下部の妻の久美子は紙袋を差し出した。「ちゃんと朝ごはん食べられなかったでしょう? これ、持って行って」
ほかほかと湯気と甘い香りが漂う。焼きたてのスコーンだ。
「久美子さんありがとう!」
「気を付けてね。お仕事頑張って」
車が走り出すと日下部は落ち着かなそうにきょろきょろ見回し、
「なぁ……水死体かな、刺殺体かな? 何が一番キツいって、焼死体だよな。できることなら死体なんて見たくない……」
「私だって見たくないですよ! ていうか、私だからいいですけど、そんなこと和泉さんの前で口にしたら絶対ダメですよ?!」
「わかってる……」
ほんとうに気が小さい男だ。
結衣は溜め息をつきたいのを我慢した。
それでも憎めないのは、彼がいざという時には優しくて、ちゃんと味方になってくれるからだ。




