泣かないで
よく似た顔立ちの姉弟だな、と結衣は思った。
人質に取られた藤江周の姉だという女性は、藤江美咲と名乗った。
しかし今は顔からすっかり血の気を失い、青白くなってしまっている。
彼女に寄り添っている金髪の白人女性は確か、詐欺師の元フィアンセだったっけ。二人は友達同士らしい。
それから周の兄で、美咲の夫。藤江賢司と名乗った。
端整な顔立ちと、どこか謎めいた雰囲気が、和泉を思い出させる。
今、結衣は被害者家族に状況を説明するため、応接室にいた。とは言っても、たいした情報はまだ入っていない。
美咲に関しては今にも倒れてしまうのではないか、そんな不安があった。
刑事さん、と結衣に話しかけてきたのは、藤江賢司である。
「いったいどうして、何があったんですか? ……進一君はいったい……」
どこまで話していいのか。
結衣が悩んでいると、
「あなたの方がよく知っているんじゃないの?」
突然、美咲がそう言い出した。
「……どういう意味だ?」
妻の言葉に、夫は怪訝そうに問い返す。
「初めから、こうなることがわかっていて、それで周君の家庭教師だって、あの人を連れて来たんでしょう?!」
驚いた。
それは結衣だけではなかったようで、ビアンカと呼ばれていた白人女性も驚きの表情をしている。
「バカなことを言わないでくれ」
賢司はあくまで冷静に返す。しかし、
「そうに違いないわ!! ねぇ、周君を返して!! 私の弟なの、この世でたった一人の家族なのよ!? これ以上、私に、私達にどうしろっていうのよ!!」
美咲は賢司に向かってそう叫んだ。
彼の上着の襟を掴んで、引きちぎらんばかりの勢いであった。
「美咲、落ち着いて!!」
「お姉さん!!」
細い肩だ。それでも渾身の力を込めなければ、彼女を抑えることができなかった。
それから結衣はちらり、と藤江賢司を見た。
彼はひどく困惑している。
訳がわからない、そんな表情である。
反応がないことに虚しさを覚えたのか、彼女は夫から手を離し、そうしてぺたんと床に座り込んでしまう。
弟の名前を呼びながら、両手で顔を覆う。
彼女は声を押し殺して泣き出してしまった。
美咲、とビアンカは彼女の肩を抱き、彼女もまた青い瞳に涙を溜めた。
結衣は努めて冷静さを装い、賢司に問いかける。
「……西島進一とお知り合いなんですか?」
彼は少し驚いた表情でこちらを向く。
「ええ。家同士の交流があって。けど……最近の彼のことはほとんど何も知りません。先月、久しぶりに彼の方から連絡があって、アルバイトを探していると言われたものですから。弟の勉強を見てやって欲しいとお願いした次第です。それだけですよ」
嘘をついているようには見えない。
仮に嘘をついたところで、彼にメリットはないだろう。
「彼は真実を言っているわ。美咲、お願いだから落ち着いて」
ビアンカの言葉に結衣は驚いた。
どうして彼が真実を言っている、と言い切れるのだろう?
「何とか、私も進一を説得してみるから」
ああ、そうだ。彼女も西島進一の知り合いだった。
すると。
人質の姉はものすごい形相で友人を見た。綺麗な顔をしているだけに迫力がある。そんなことを言っている場合ではないのだが。
「どうしてこんなことになったの? あなたのせいなの? 犯人と知り合いなのよね?!」
「そう、私のせいよ。私が、隠していたから……」
苦しそうにビアンカは答える。
「周君を返して! お願い!!」
悲痛な叫びが部屋中に広がる。
結衣は思わず、耳を塞いでしまいたかった。




