にゃんこを被る警視
「た、た、た、高岡君!! こ、これはいったいどういうことなんだね?!」
相当慌てて出てきたらしい刑事課長は、ネクタイが歪んでいることに気付いていないようだ。ついでに制服のボタンも一つ外れている。
「人質立てこもり事件です。即刻、特殊捜査班の出動要請をお願いします!!」
「ひ、人質って……確か電話で聞いた報告だと、西島先生のご子息が……?」
「西島進一は、あの外国人詐欺師殺害事件のホンボシです!! そのことを突き止められたと悟り、人質を取ったんです!! とにかく、一刻も早くしてください!!」
「あの事件はとっくにカタがついて、もう本部は解散しているじゃないか!! 何を勝手な真似をしてくれているんだね?!」
「そのことについては後で釈明します! そんなことより、早く……!!」
「バカを言うんじゃない!!」
課長は机を拳でドン、と叩いた。
「せっかく丸く収まっていたのに、今さらどうしてそんな、蜂の巣をつつくようなマネをしたんだね?! 自業自得だよ!! 自力で何とかしたまえ!!」
聡介は驚き呆れ、続く言葉を見つけることができなかった。
「人命がかかっているんですよ?!」
すると課長はふん、と鼻を鳴らして、
「ああそういえば、報告を聞く限り……人質に取られたっていう相手は、確かご子息の顔見知りだって言う話じゃないか。君達がやんややんや、くだらないことを言って大騒ぎするから、キレさせちゃったんだよ。ちょっとした悪戯だよ。いつまでも子供っぽくて困ると、先生が仰っていたそうだから……」
呆れた。
もはや、何も言うべきことはない。
「本物の拳銃を持ち出すような悪戯なんて、ありません!!」
拳銃のことについては報告が行っていなかったようだ。
「な……け、拳銃……?」
「急いでください、一刻も早く!!」
すると課長は少し迷った末に受話器を取り上げた。
「ほ、本部長ですか? 刑事課の大石です……あの、少しご相談が……はい、緊急の件でございます」
緊急会議が開かれた。
幹部達は一様に不機嫌で、どうにか何ごともなかったかのようにしたがっている空気がありありとわかった。人質に取られたのが周だったのもネックだ。
二人の関係性が家庭教師とその生徒、というのが。調べはすぐについた。
犯人と人質は顔見知り。
親しい知人同士による狂言。だとしても犯人は本物の銃を持っているのである。
万が一のことを考えたら、聡介は気が気ではなかった。
それに。
緊急事態だと言うのに幹部達は皆、もしもこれがただの勘違い、悪戯だとしたら……責任の所在はどうなるか、そんな議論で白熱している。
まさか西島進一はそこまで見越していたのだろうか。
「部長」
初めて見る、まだ比較的若い制服姿の男性が立ち上がった。
「私が部隊を出します。責任はすべて私が負います。それで問題ありませんね?」
聡介は驚き、そう発言した男性の顔を思わず見つめてしまった。
背が高く、長くて明るい茶色な髪。
見たことのない顔だ。少なくとも記憶にはない。
そして。自分が『部隊を出す』ということはつまり……彼は特殊捜査班の隊長ということだろうか?
聡介の認識する限り、捜査1課に所属する「特殊捜査班」の上長は長い間不在であり、大石課長が代理を務めていたはずだ。
「ほ、北条君……しかし……」
その警官は長めの前髪をやや乱暴に振り払うと、
「久しぶりに帰って来て、何か変わっていることを期待していたけど、見事に何1つ変わっていないことがよくわかりました」
久しぶりに帰ってきた?
彼はやや苛立たしげに椅子から離れ、早々に出口に向かって歩き出す。
そして振り返りざま、
「準備があるので失礼します。ああ、それと……高岡さんだったっけ、詳しい状況を教えてください」




