楽屋裏
楽屋はちょっとした大広間のようで、これだけの人数ではなるほど、個室なんてごく一部の人にしか割り当てられないだろう。
ざわざわと話し声のする中、周は進一と一緒に新里と亜沙子の姿を探す。
見つけた。
しかし2人は楽屋の隅でなぜか、額を突き合わせるようにしてヒソヒソと話し合っていた。
どことなく平和な空気には思えない。
何があったのだろう?
不思議に思いながら周が近付こうとした時、後ろからやってきた人物にほぼ突き飛ばされるような形で、バランスを崩した。
「周君、大丈夫?」
「うん、俺は平気だけど……何があったの?」
顔を上げると、見たことのある男が亜沙子に近づいていた。手には花束。
あの男は確か……!
男は亜沙子に声をかける。
彼女の方はなぜか怯えた表情で、微かに震えている。しかし男はそんな相手の反応にはかまうことなく、花束をバサッと机の上に置いてしまう。
そして。
手を伸ばして彼女の肩に手を回す。
そのひどくなれなれしい仕草に苛立ちを覚えた周は、思わずケンカを売って出てしまったのである。悪い癖だとわかっていても。
「おい、あんた!!」
ジロリと男がこちらを睨む。
新里も周が来ていることに気付いてくれたようだ。
「わかってんのか?! その人は……」
「周君!!」と、止めたのは果たして新里だったのか、進一の方だったのか。
この際、どっちでもいい。
「他人の彼女に手を出すなんて、あんたよっぽど女に不自由してんのか?!」
よく考えてみたらちっとも理屈になっていないというか、おかしなことを言っているのだが、すっかり頭に血が昇っている今はそんなこと気付かない。
男は綺麗に整った……どこか造り物めいた顔を歪めて、周の方につかつかと歩み寄ってくる。
ガツンっ、と鈍い音。悲鳴。
「……先生っ!!」
不意に視界が暗くなったかと思ったら、周のすぐ目の前に進一が立ちはだかり、男の暴力から周を庇ってくれたのだった。
周はバランスを崩して床に座り込んだ進一に駆け寄り、その肩を抱いた。
「亜沙子さんって……昔からほんと、男の趣味が悪いよね……」
進一は頬をさすりながら呟く。
「進一君!」
バイオリニストは慌ててハンカチを探しあて、彼の元に近づこうとした。
「おい、行くぞ」
男は亜沙子の腕をつかんだ。
「待てよ、おい!! いきなり人のこと殴って何のつもりだ?!」
「うるせぇんだよ、ガキ。大人しく引っ込んでろ」
ほら、と男は亜沙子を連れて楽屋を出て行こうとする。
「嫌です! 離してください!!」
彼女がそう叫ぶと、男は戸惑った顔を見せた。
「何言ってんだ、お前……」
「もういや、誰か助けて……!!」
いったい何が何だって言うんだ?
目に涙を浮かべ、悲痛な声で叫ぶバイオリニストの声に、その場にいた全員が困惑してしまう。
その時。
楽屋の扉が開いて、見慣れた顔が中に入ってくる。




