我が人生に悔いなし!!
「実はその頃、アレックスの家は傾きかけていました。彼のお父様が事業に失敗したせいです。そしてその話を聞いた可奈子は……彼のためなら、となけなしの貯金をはたき、貢ぎ始めたのです。その時の様子はもう……見ていられませんでした」
そういう時はまわりが何を言っても無駄だ。
聡介もそういう事例をいくらか知っている。
「変な話ですが、可奈子は幸せそうでした。そして彼女は……信じていたんです。アレックスと結婚できるって」
「それは、そうでしょうね」
でもアレックスは、とビアンカは宙を睨んだ。
「彼は可奈子が勝手にやったことだ、と相手にしませんでした。元々女性にだらしのない男でしたが、次々と火遊びを繰り返して……それでも可奈子は信じていたんです。私はもう、見ていられなくて……逃げるようにして日本に帰りました」
「その時、三村亜沙子さんは?」
「彼女は可奈子の、本当の友達でした。ずっと可奈子を心配して、何度も苦言を呈していましたが、いつも最後には決別です。あんたみたいな、黙っていても男が寄ってくる美人に何を言われたって、何も響かないって」
『私には彼しかいないの!』
『あんたに何がわかるの?!』
『彼は、私を可愛いって言ってくれた!!』
「事件が起きたのは、私が日本に帰って間もなくの頃です。ある朝、亜沙子から連絡がありました。可奈子が……自ら命を絶ったと」
「何が……あったんですか?」
ビアンカは苦しそうな表情を見せた。
「可奈子がアレックスに結婚を迫ったそうです。あれだけ貢いだのだから責任を取れ、というように。初めはのらりくらりとかわしていたそうですが……」
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大げさだが、我が人生に悔いなし!!
というぐらい周は感動していた。
こんないい席で素晴らしい演奏を生で聴けるなんて、人生に一度あるかないかではないだろうか。まだそれほど、長く生きてはいないが。
拍手の音は鳴りやまない。
できることならもう少しだけ、余韻に浸っていたい。
観客たちはザワザワしながら一斉に外へ出て行く。
「周君、行こうよ」
進一が足元に置いていた紙袋を持ち上げつつ言った。花束が二つ入っている。
一つはバイオリニストである亜沙子の為、もう一つはピアニストである新里のためである。ここへ来る直前、周は進一と一緒に花屋へ寄った。
「コンサートに行くので、演奏者に向けて差し入れしたいんです」
進一は特に花の指定をしなかった。
周はふと、違和感を覚えた。
以前、亡くなった友人に花を手向けに行くのだと言った時はわざわざこの花とこの花、というふうに指定していたから、相当花に詳しい人なんだな……と思っていた。
「ねぇ、先生。黄色いバラとかカーネーションって、何か意味あるの?」
赤い絨毯の敷き詰められた廊下を歩きながら、周は訊ねた。
すると進一はくすっと笑う。
「いいこと教えてあげる、周君。黄色いバラと黄色いカーネーションと、水仙を花束にしてあの刑事さんにプレゼントしてごらん。きっと泣いちゃうから」
あの刑事さんとはきっと、和泉のことだろう。
「……嬉しくて?」
すると進一は、大きな口を開けて笑いだした。
「あのね、黄色いバラは『嫉妬』それからカーネーションは『軽蔑』水仙は『自己愛』っていう花言葉があるんだよ」
ロクな言葉じゃないじゃないか。
そしてふと、周は不思議に思った。
死者へ対する餞としては、少し不自然……ではないか?




