コンサート開始まであと少し
開演は午後6時半。
周は少し早めに会場に到着し、進一と落ち合った。
やはり人気の高い楽団のコンサートだけあり、たくさんの人が集まっている。
チケットの番号に案内されると、いつもと何か雰囲気が違う……。
あらためてホール全体の案内図をよく見てみると、自分が座っているのはなんとVIP席である。
立派な音響施設の整ったホールで生の演奏を聴けるなんて、ものすごい贅沢だと思っていたが、席は今まで座ったことのない、それも普通ならば決して手の届かない席である。
チケットを譲ってくれたのがいったいどういう人なのか、周は考えたら少し恐ろしくなってしまった。
何かお礼をしようと思っていたのだが、これでは何を用意したらいいのかわからない。
「あ、亜沙子さんだ」
舞台を覗きこんでいた進一が呟く。
彼女はバイオリンを手に練習していた。
おじさんはどこだろう? 周は視線をめぐらした。
見つけた。
彼はピアノの前で誰かと話をしている。
「ねぇ、先生。ビアンカさんってどういう人……? こんなすごい席、譲ってもらったりして……ほんとに良かったの?」
今日の進一は何かいいことでもあったのか、ひどく機嫌がよさそうだ。
「かまわないよ。彼女、来れなかった訳だし、チケットが無駄にならずに済んで良かったと思ってるんじゃない?」
それはそうかもしれないが。
「ちなみに彼女のお父さんがこの楽団のスポンサーなんだ。だからだよ、この席は」
へぇ~……と、周は思わず間の抜けた声を出してしまった。
それから進一はなぜか、周の耳元に唇を寄せてきた。
「ちょっと耳貸して」
後で楽屋に挨拶行こうね。
彼はそう言った。
何もわざわざ小声で言うようなことでもないだろうに。ちょっと変な人かも。
「それと。なんかちょっと場違いな人が紛れこんでるみたいだから、絶対に僕の傍を離れちゃダメだよ?」
「え、何それ……?!」
場違いな人間と聞いて、すぐに思い浮かんだのがヤンキーとかチンピラとかそういう人達である。
そして、ふと思い出した。
いつかおじさんの彼女である亜沙子のことを追いまわし、進一のこともつけていたカメラマンの男。
結局、あの男はなんだったんだろう?
「あ、ほら。そろそろ始まるよ」
緞帳がいったん降りる。
ホール全体の照明が落ちて、暗くなった。




