退院おめでとう
確か今日、医師の許可が出ればビアンカは退院できるはずだ。
美咲は家事を終えたあと、すぐ病院に向かった。
ところが。
ビアンカの顔色が悪い。
病室に入って一目彼女を見た瞬間、美咲はそのことが気になった。
しかし、
「今日、退院できるのよ。お医者さんの検診が終わったら自由の身!!」
「そう! じゃあ、お祝いしなきゃ。ぜひ家に来て。ご馳走するから。でも……なんだか顔色が悪いわ。どうかしたの?」
ビアンカははっとした表情を見せ、それでも首を横に振る。
「やだ、私は元気よ! だって病気じゃなくて怪我だもん。食べられないものだってないのよ? ねぇ、いろいろ美味しいお店に行ってみましょう? あと、お買い物も。やっと自由になれるわ~!」
嬉しそうに笑顔を見せながら、ビアンカは美咲の両手を握って振る。
その時、携帯電話が鳴った。
私のだわ、とビアンカが電話を耳に当てる。
「あら、高岡さん?! ねぇ、聞いてよ。今日やっと退院できるの……ええ。え? それは……」
初めは元気だった彼女の口調が段々と萎んで行く。
「はい、それじゃ……」
通話は終わったようだ。
「どうしたの?」
「高岡さんが私に、何か訊きたいことがあるって……すぐに来るって」
「そう、じゃあ私は席を外した方がいいかしら?」
「ううん。お願い、一緒にいて」
美咲は了承した。
隣室に住む刑事は比較的すぐにやってきた。
ちょうど医師がやってきて、退院の許可を出した直後のことだ。
疲れているのだろうか、目の下にクマができている。いつもきちっとセットされている髪もやや乱れ気味で、それでも瞳の光だけは少しも変わらない。
「ねぇ、高岡さん。これから美咲と一緒にお昼に行こうと思うんだけどあなたも一緒にどう? 話なら、そこでお食事でもしながら……ね?」
わかりました、と彼は答えた。
「ねぇ、どこかおススメのお店ってある?」
ビアンカは嬉しそうだ。
「ありますよ。内緒の話をするのに持ってこいの、良い店が」
刑事は笑って言ったが、美咲にはどこか素直に喜べないような気がしていた。
彼が連れて行ってくれたのは商店街の路地裏に潜む小料理屋であった。
暖簾をくぐる直前になって、
「美咲さん」
隣人はいつも通り、優しい笑顔で話しかけてくる。
「申し訳ないのですが、少しの時間、彼女と大切な話をしたいので……店の1階でお待ちいただけますか?」
そういうことだろうと思った。
「どうして? 美咲が一緒じゃダメなの?」
ビアンカは子供のような言い方をしながら、それでも顔いっぱいになぜか不安の色を浮かべていた。
彼はそれに答えず、店に入った途端、勝手知ったる様子でどんどんと2階席へ続く階段を上っていく。
美咲は言われるまま、1階のカウンター席に1人で腰かけた。




