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黒い餡を白い餅で包む

「周君、ごめんね。コンサート……」

 新里は申し訳なさそうに言いつつ、立ち上がる。


「実はね、おじさん。チケット譲ってもらえたんだ! だから今夜、観に行くね!!」


 そうか、と嬉しそうに微笑んで彼は喫茶店を出て行く。


 周はずっと姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を視線だけで追いかけた。


 ところで、と和泉はやっとテーブルの下で握っていた手を離してくれた。


 さて、と和泉が言ったので彼らも店を出るのかと思いきや、

「じゃあ、周君。さっきの話だけどね」

「何? さっきの話って」

「宮島に行ったって、いつの話? 誰と一緒に行ったの?」


「……それ、なんか和泉さんの仕事に関係あるの?」

 なんとなく興味本位で訊かれているような気がしてならない。

 

 すると和泉は大真面目な顔をして、

「あるよ。だって、この写真の男を見たんでしょ?」

 それはそうだけど……。


「……こないだの土曜日……俺の家庭教師が、宮島の『白鴎館』っていう旅館のいつも予約が入らない部屋にモニター体験してくれないかって話を持ってきて、そしたら賢兄が承知して俺達も一緒に泊まったって言う……そしたらちょうどその日、おじさんとあのバイオリニストの人がミニコンサートでやってきて、それが終わった後……違うな、リハーサルの時だったかな。とにかく、カメラを持ってウロウロしてた男が……」

「時間を追って一から十まで話して。この際だから、洗いざらい一切を白状して楽になりなよ」

 俺は何の事件の容疑者なんだ?


 呆れて溜め息をつきかけた周だが、思いの外、和泉が真剣な顔をしていたので、その日のことを一生懸命思い出しながら答えることにした。


「えーと……旅館についてしばらくしたら先生がやってきて、気になって様子を見に来たって……午後2時過ぎぐらいかな。それから……そう、ほら殺された外人さん、先生の友達だったんだろ? 遺体が発見された場所に花束を手向けにいくから付き合って欲しいって言われて……まず、花屋に行ったんだ」


「どんな花束だった?」

「覚えてないよ、そんなに興味なかったし……」

 和泉が思い出せ、と無言の内に圧力をかけてくる。


 そういえば……店員がやや妙な顔をしていた。なんだっけ。

 確か妙に黄色っぽかったような……。


「そうだ、黄色い花ばっかりだった! バラとカーネーションとあと何か……」

 黄色いと聞いた瞬間、なぜか和泉がニヤリと笑った。


「それから?」

「それから、花束を手向けて……そうだ、クルーザーに乗せてもらってあちこち見て回ったんだよな」

「へぇ、クルーザー……」

「お父さんの所有らしいよ。免許は持ってるらしくて、自分で運転してた」


 段々と和泉の顔が綻んでくる。

 何がそんなに嬉しいのだろうか。


「……そりゃ、乗船チケットが出てこない訳だよね」

「……?」


「それから、旅館に戻った後はさっき話した通り」

 和泉はニッコリと笑った。


「周君、ありがとう。やっぱり君は僕にとっての大福だね」

「何? 大福って……」


 刑事達は立ち上がる。


「今夜だっけ、その家庭教師とのデート」

「変な言い方すんなよ。一緒にコンサート行くだけだよ」


 するとなぜか、和泉はいつにない真面目な顔で、

「行っちゃダメだって言っても、どうせ無駄なんだろうね……」

 訳がわからない。


 周が黙っていると、

「気をつけてね、周君」


 最初から最後まで意味不明だったが、どうやら和泉が本気らしいことだけは伝わってきた。

 なんとなく気圧される感じで、うん、と曖昧に頷く。


 変な刑事は連れの女性刑事と一緒に伝票をとって店を出て行った。


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