大人の事情
「と、仰いますと……あなたはあれが怨恨によるものだとお考えなのですか?」
ピアニストはややあって、はい、と頷く。
「そもそも、あなたもアレックス氏をご存知なのですか?」
「ええ、まぁ。少しは英語が話せるので、2、3回ほど遣り取りをしたことはあります」
「どういう人物だと思いました?」
「それは……なんともコメントしがたいです」
「どういうきっかけでお知り合いになられたのですか?」
「彼はうちの楽団のスポンサーと知り合いだそうで、よくコンサートや練習の時、リハーサルなどの様子を見に来ていました」
「1人で、ですか?」
「いえ、スポンサー本人とあと、2、3名が一緒です。でも彼は……音楽にというよりは、主に女性に興味があったようです。次々と女性の団員に声をかけてはナンパしていました。特に亜沙子を気に入ったようで、かなりしつこかったですよ」
コーヒーが運ばれてくる。
新里はコーヒーのお代わりを注文し、そして続ける。
「でも、今にして思えば……とんでもない男ですよ。彼も。ちゃんとフィアンセがいたらしいんです。スポンサーのお嬢さんで、確か名前は……」
「ビアンカさん、ですね?」
「そう! その人です。彼女もよくアレックスとお父さんと一緒に練習や、コンサートを見に来てくれました。亜沙子はどうやら、そのお嬢さんと知り合い同士のようなんですが……何かあったのか、二人ともひどくギクシャクしていました。そしてあのアレックスという人はまったく空気が読めない人で、フィアンセの見ている前で亜沙子を口説いたりして、まったく呆れてしまいました」
確かに図太い神経だ。
ドイツ人男性が皆そうではないのだろうが、少し信じられない。
「だけど彼女も、いつしか……彼に惹かれたようで……」
「金銭を騙しとられた、ということですね」
「そのことなんですが、私がこんなことを言うのもおかしいですが……どうも騙されている、という雰囲気は感じなかったのです」
父の友人は気まずそうに、テーブルの上で手を組んだり開いたりしつつ、
「わかっていてやっている、というか……時々、彼女が彼を見る瞳が……どこかひどく冷めているように思えて。いや、あくまで私の主観です」
和泉はコーヒーをブラックのまま啜り、苦かったのが顔をしかめた。
「三村亜沙子さんとパートナーを組んでいらっしゃるということですが、最近彼女の行動に何か不審な点はありましたか?」
新里は煙草いいですか? とポケットに手を突っ込んだ。
「おじさん、煙草やめるんじゃなかったの?」
周が言うと彼は手をテーブルの上に戻す。
事件のことと関係があるかどうかわかりませんが、と前置きしてから、新里は話しはじめた。
「……私は彼女と、結婚を前提にお付き合いしているのですが……」
失礼ですが、と和泉が遮る。
「それは、三村亜沙子さんがアレックス氏とお別れなさってからの話でしょうね?」
新里ははい、と答えてから続ける。
当たり前じゃないか、そんなこと。
と周は思うのだが……。




