不徳の致すところ
それからビアンカはニュースをチェックする。
アレックスの事件が通り魔の犯行によるものだと県警が判断し、発表した時に感じたのは実は『安堵』だった。
ニュースを見ている限り、あの事件のことは既に世間から忘れられているようだ。
アレックスの殺害事件については初め、詐欺被害に遭った女性達の誰かが実行したに違いない、とビアンカは考えていた。
把握できているだけでも8人は知っている。
その内の誰か1人なら警察から何を聞かれても黙っていよう。
もしかしたら共犯者、つまり犯人は複数いるかもしれないし。自分が黙っていればきっと救われる人がいる。
でも。
それで本当にいいの?
心の中でもう1人の自分が語りかけてくる。
ビアンカは首を横に振った。考えるのはやめよう。
「……外人さん」
隣のベッドから声がした。
いつも外界との接触を遮断するかのように、カーテンを閉めきっているくせに、めずらしく内側から開いた。
確か美咲の知り合いで、かなり老齢の婦人だったと記憶している。
「私、外人さん、なんていう名前じゃないわ」
「失礼した。わしは、浅井ちゅうもんじゃが……」
婦人は身を起こし、ビアンカの方を向いた。
自分の祖母ぐらいだろうか。
白髪頭はまだ髪がふさふさしており、肌艶も美しい。
「知っているわ、美咲の担任の先生だったんでしょう? 私はビアンカ。下のお名前はなんていうの?」
「……梅子」
「ミセス梅子、どうかしたの?」
彼女は一瞬俯き、すぐに顔を上げた。
そして、
「……これからもずっと、美咲と仲良うしてやってくれんかのぅ。あの子には……ほんまに、わしの不徳の致すところじゃ……!!」
何の話だろう?
カーテンが再び閉められようとする。ビアンカは慌てた。
「待って、詳しいことを話して。もちろん、美咲はこれからも私の親友よ。約束するわ!」
相手の動きが止まる。
だが、返事はない。
何となくビアンカはもう少し話を続けたいと思った。誰にも言えず、ずっと悩んでいたことを聞いて
もらいたい。そう考えた。
「ねぇ、ミセス梅子。あなたは教師だったんでしょう? だったらなんて答える? もし、自分の娘が何か重い罪を犯したと知ったら……どうする?」
しばらく相手は無言を貫いた。
早まったか、と微かに後悔の念がビアンカの胸をよぎる。
やがて、
「……わしは、わしは臆病者じゃけん、黙っとる。墓場まで秘密を持っていくんじゃ。じゃがのぅ、それはほんまに辛いことじゃ。あんたはまだ若い。わしと同じ失敗を繰り返してはいかん」
「え……?」
一瞬だけ、相手が今にも泣き出しそうに顔を歪めたのがわかった。
「どういう……どういうことなの?」
答えはなく、カーテンは再び閉まり、それきり開くことはなかった。




