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眠れない

 ほとんど眠ることができなかった。


 まだ外は暗いようだが、もう眠りは諦めた。

 ビアンカは半身を起こし、期待などしないよう自分に言い聞かせつつ、携帯電話の電源を入れた。


 美咲からメールが入っている。

 あとは学校関係の業務連絡。

 彼……クラウスからの連絡はない。

 

 わかっていた。あの人はそう言う人だとわかっていたけれど。


 この分では母にもちゃんと連絡は行っていないだろう。我知らず溜め息が漏れた。


 父のクラウス・ハイゼンベルクは、ビアンカが幼かった頃は普通の父親と同じように可愛がってくれた。

 

 しかし、あの日……オーストリアから来た交響楽団の演奏会を聞きに行った日からすっかり変わってしまった。

 才能溢れる人材が揃っているというのに、興業予算の目途が立たず、年内に解散してしまうという話を聞いてからだ。


 元々父は音楽で生計を立てたいと願うほど、あらゆる楽器が好きだった。

 しかし願いはかなわず、代わりに若い才能ある人材を育てることに興味を示しはじめた。


 先代から受け継いだ仕事はいたって順調で、彼には金銭的な余裕があった。


 スポンサーになるから続けて欲しい。


 それからその楽団は持ち直し、今や世界中を飛び回るほどになった。


 そののち彼は、会社を日本に進出することを決めた。日本にも幾らか交響楽団と呼ばれるものはあったが、彼は一から自分のためだけの楽団を立ち上げたいと考えた。


 それが、当時住んでいた愛知県名古屋市を拠点にした『名古屋シティフィル楽団』である。


 ところで彼は当然ながら、ビアンカにもあらゆる楽器を習わせた。

 だが、才能と呼べるものが見いだせないこと、どんなに頑張ってもなかなか上達しない娘に、次第に苛立ちを覚えたようだ。


 挿絵(By みてみん)


 極めつけはビアンカが5歳の時にかかった病気のせいで、聴覚にやや支障をきたしたことだ。


 日常会話にはまったく不自由しないまでに回復したものの、音楽を仕事にする道は断たれてしまった。

 父はそれ以来、娘に見切りをつけたのだろう。


 元々仕事が多忙だったが、たまの休みには家族などそっちのけで、大好きな楽団のコンサートを聞きに飛び回っていた。


 いつしか単なる『同居人』と化した父親に対し、ビアンカもあきらめることにした。


 母親は母親で、彼女も仕事を持っており、多忙な人だった。

 

 家族が揃うことなんて滅多になかった。それでもビアンカはある程度の年齢になるまで、父親の傍にいることを選んだ。

 日本に移住が決まった時も、迷わず一緒に行くと決めた。

 

 もしかしたら、気持ちが変わるかもしれない。

 幼い頃のように愛してくれるかもしれない。


 するだけ無駄な期待だったけれど。


 その後、耳の病気から回復してからだろうか。

 人の心が読めるまではいかないまでも、表に出ない、隠された本心を読みとることができるようになったのは。


 表面上は笑顔を浮かべていながら、心の中ではあらゆる憎悪や野望が渦巻いている。

 そんな大人達の偽善がわかるようになった。

 

 誰がウソつきで、誰が本当のことを言っているのか。

 

 それがかなりの高確率で当たるようになった時、ビアンカはそのことを両親に話した。

 

 娘が病気になった。

 親はそう騒いだ。本気にしてくれなかった。


 そんな彼女の孤独を癒してくれたのはたくさんの本だった。本がたくさん、ビアンカに語りかけてくれた。


 それから学校に上がると、初めは外人がめずらしくてちやほやしてくれた同級生達も、時が経つにつれてよそよそしくなり、やがて迫害が始まった。

 狭い島国の人間がとかく他所者を嫌うことは知っていた。


 髪の色、瞳の色が違う、肌の色が違う。

 そして何より彼女達の反感を買ったのは、同学年の男子生徒達がビアンカに特別な扱いをしたことが原因であろう。


 男子達はみな、ビアンカのことを上辺しか見ていなかった。

 アイドルと同じ。彼らにとっては『綺麗な人形』なのだ。


 相手にしないでいたら、その内、彼らも敵に回った。


 大人になった今、学生の頃ほどに差別的な扱いは受けないものの、やはり色眼鏡で見られることは多い。


 ビアンカが美咲を一目見た瞬間に好意を感じたのは、どことなく自分と同じ匂いを感じたからである。


 彼女はとても綺麗な人だ。

 そして心が強い。


 今日も来てくれるだろうか? 話したいことがたくさんあった。


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