抱き枕
目覚まし時計の音で目が覚めた。
もうそんな時間か、と周が目を開けて携帯電話を確認すると、まだ予定の起床時間ではないではないか。
なんだよ! と腹を立てながら画面をよく見ると、メールが届いていた。
誰からだろう……と腕を伸ばそうとして、周は初めて異変に気付いた。
何かが絡まっている。
それに、妙に温かい。
視界の端で子猫がちょこちょこ動いているのが見えた。
「……今、何時~……?」
身体に巻きついていたのは、家庭教師の腕だった。
驚愕で一気に目が覚める。
「な、な、なんで?!」
泊まって行ってよ、と言われて仕方なく了承したまではいい。
『一緒に寝ようよ、周君』
もう寝る、と言う時間になった時に進一が突然言った。
冗談じゃない。周は笑顔を引きつらせ、丁重にお断りしたはずだった。
が、いつの間にか侵入されていたらしい。
「おはよ~……」
寝惚け眼で進一が言う。
なんだこの、ありがちな展開は……頭痛がしてきた。
みぃみぃ鳴きながら、スコティッシュフォールドの子猫が進一の頭のまわりを走る。
「あ、餌? ちょっと待ってね……」
たまたま目に入ったのだが、のんびり起き上がった彼の胸元に、以前は小指にはめていたリングがチェーンを通して首から提げられていることに気付く。
「あー、久しぶりによく寝た。周君を抱き枕にしたら、すっごく気持ちよかったよ」
この頃ずっと、眠れなかったんだよね。
彼はそう呟いた。
だからといって……。
確かにこのところ、彼は少し疲れた様子を時々見せていた。
「周君ってさ、一緒にいるとほんとに癒されるよね。だからだろうなぁ……あの刑事さんが本気になっちゃうの」
何を言ってるんだか、この人は。
「なんか悩んでんの? 先生」
すると進一はふと、遠い眼をした。
「悩んでるっていうか……」
そうして彼はじっと掌を見つめる。
「思い出すんだよね、嫌な感覚。骨の砕ける音とかさ、刃物が深く肉に入っていく感じとかね。もっと爽快かと思ってたよ」
今、なんて言った?
周は餌を求めて指に噛みついてくる子猫のことなど、まったく意識の外に追い出してしまっていた。
「なに、それ……」
進一は髪をかき上げると、
「僕、人を殺したんだ」
嘘だろ……。
周は言葉を失った。
「だからだよ。警察の人や、カメラを片手に、追い回してくる変なのがつきまとうのは」
本当だろうか?
進一は起き上がると、呆然としている周を尻目に部屋を出て行こうとする。
「せ、先生……!」
「なーんてね!」
進一はにこっといつも無邪気な笑顔を浮かべると、伸びをした。
「ごめんね、変な冗談言っちゃった」
悪質な冗談だ。
周は無言の内に、視線だけで抗議の意味を示した。
それから。
「俺、家に帰らないと……学校の用意とか……」
「朝帰り? お姉さん、びっくりするだろうね」
進一はニヤニヤ笑いながら答えた。
「ところで今日は祝日だけど、学校行くの?」
そうだった。
送っていくよ、と彼はまとわりついてくる子猫を抱き上げながら言った。
彼が出て行った後、周はメールを確認した。新里からだ。
既にコンサートのために広島入りしているのだが、できることなら午前中に会って話せないか、と。
どうしても聞いて欲しいことがあると書かれていた。
他ならぬ新里の頼みでは無下にできない。
周は了承した、と返信した。




