煮てよし、揚げてよし、凍らせてよし!
イラストは古川アモロ様よりいただきました!
タイトルも入ってて表紙みたいです。
ありがとうございます~!!
長いようで短い、試験期間が終わった。
解放感に浸りつつ、周は久しぶりに日曜日の朝、早めに起きた。
窓を開けてベランダに出る。今日は快晴だ。
既に起きていた義姉が洗濯物を干している。彼女の足元には三毛猫が丸まっていた。
おはよう、と義姉に声をかける。
「あら、周君。ずいぶん早いじゃない?」
手伝うよ、と周は洗濯物の入ったカゴに手を入れた。白いシャツを手に取る。
賢司のものだ。
昨日は帰宅したのか。
顔を合わせなかったから深夜だったのだろう。
少しホッとした自分に周は気付いた。
兄は、賢司は自分を憎んでいる。疎んでいる。
彼の母親と同じように。
「……どうしたの?」
気がつけば手が止まっていたようだ。
「なんでもない」
「ねぇ、周君。今日の朝はフレンチトーストを作ってみましょうよ。昨日、テレビで美味しい作り方をやってたのを見たの」
美咲は明るい。
無理をしているのか、それとも今はもう吹っ切れたのか。
「いいね、手伝うよ」
周もつられるようにして笑顔を作った。
洗濯物を干し終わり、二人で台所に向かう。プリンがちょこちょこと美咲の後をついてくる。
そういえばメイはどこにいるのだろう?
卵と牛乳と砂糖を溶いたボールにフランスパンを漬けてしばし待つ。
二人はダイニングテーブルに向かい合って腰掛け、テレビをつけた。ニュースをやっている。
今のところ県内で大きな事件はなさそうだ。
日曜日だから隣も休みで、家にいるのかもしれない。
そしてローカルCMが流れる。広島銘菓のもみじ饅頭を宣伝している。
「ねぇ、今度もみじ饅頭の新しい餡って何が出るのかしらね?」と、美咲。
「もう、何でもありだよな」周は応える。
二人で笑い合っているところへ、ニャーとメイがやってきた。
彼女はぴょい、と周の膝に飛び乗って丸くなる。
それからテレビ画面は切り替わり、今後市内で行われる催し物の宣伝を始めた。
『サンプラザホールにて名古屋シティフィル年末特別記念コンサート開催、12月23日、24日の2日間……チケットのお申し込みはフリーダイヤル……』
周は慌てて立ち上がり、固定電話の置いてある場所へ走って受話器を取り上げる。
「周君、どうしたの……?」
「コンサート、申し込むんだよ!!」
なかなか電話はつながらない。
おかけになった番号は現在、たいへん混み合っております……。
しばらく待ったが、回線がつながる気配は微塵もない。
電話がつながらないことに業を煮やした周は、義姉に向かって叫ぶ。
「義姉さん、俺のスマホ持ってきて!!」
同時にスマホを使ってネット申し込みしよう。
美咲は黙って周の部屋に行き、携帯電話をとってきてくれる。
片手が塞がっているので、いっそ足で操作しようと妙な体制をとったら、腰が痛んだ。
「……何をしてるんだ、周?」
不意に、兄の声がした。
「おはよう、二人とも早いね」
賢司がリビングに姿をあらわした。
別に悪いことをしている訳ではないのに、ひどく気まずい思いがして、周は受話器を置いた。
「おはよう、賢司さん」美咲は平静に笑顔を浮かべる。
彼女はコーヒー淹れるわね、と立ち上がってヤカンを火にかけた。
まともに賢司と目を合わせられない。
周は黙って床に置いた携帯電話を持ち上げ、一度自分の部屋に戻った。
それからリビングに戻ると、兄はダイニングの椅子を引いて腰掛け、朝刊を広げていた。コーヒーのかぐわしい香りがリビングに漂う。
周は兄と目を合わせるのが怖くて、隠れるように台所へ向かった。
用意しておいたフレンチトーストはそろそろ頃合いだろう。フライパンをコンロにかけ、バターを溶かす。
「そうだ美咲、今日は少し買い物に付き合ってくれないか?」
新聞に目を落としたまま賢司が言った。
「え……? 今日はお仕事休みなの?」
美咲は心底驚いた顔で問い返す。
賢司は苦笑して、
「僕だってたまには休むよ」
「俺も行く!」
咄嗟に周はそう口にした。
しかし兄は弟に一瞥くれると、
「君は猫と一緒に留守番だ、周」
「なんでだよ?!」
「……たまには夫婦二人きりにしてもらえないか」
そう言われて、反対する理由を周は持ち合わせていなかった。
「9時半頃に出かけるから、準備しておいて」
賢司はそう言い残してリビングを出て行く。
「ねぇ、周君。電話は……申し込みは?」
心配そうに美咲が問う。
「いいんだ、もう……」そんな気もなくなってしまった。
「何のコンサートだったの?」
「さっきテレビでCM流してた【名古屋シティフィル】っていう楽団に、父さんの友達がいるんだ。毎年、全国をコンサートで回っているんだけど、父さんが元気だった頃は……広島に来る時はいつも前もってチケット送ってくれてたんだ……人気があってなかなか取れないんだよな」
「そうだったの……周君って、クラシックが好きなのね。知らなかったわ」
そう言って、なぜか義姉は寂しそうに微笑んだ。