裏切り者は誰だ
思いがけず、すぐにビアンカは見つかった。
ちゃんと携帯電話を持って出かけたらしく、通話ができたのである。
今どこにいるのか、という問いに対する答えはなかったが、ほどなくして彼女はちゃんと病院へ戻ってきた。
「どこに行っていたんですか?!」
看護師よりも先にビアンカを見つけた聡介は、思わず大きな声を出してしまった。
「……ごめんなさい……」
何があったのかしらないが、ひどく沈んだ顔色をしている。
「待ってください、どこに行って何をしてきたのですか?」
ビアンカは答えない。
思わず伸ばしかけた聡介の手を抑えたのは、和泉であった。
「今は、そっとしておいてあげましょう」
「だが……」
「それよりも、仕事です。張り込みを続けないと」
確かにそうだ。
西島進一のマンションに人が出入りした様子はないということだった。
もしかしたら実家の方かもしれない。
聡介は駿河と友永のコンビに引き続きマンション前を張り込むよう指示し、自分達は西島進一の実家の方へと車を向かわせた。
「……ねぇ、聡さん。ちょっと気になっていたことがあるんですが」
前を向いたまま和泉が話し出す。
「なんだ」
「僕達が……というか、捜査本部が西島進一に目をつけて行動を開始してから、上に圧力がかかるまでのタイミングです」
「タイミング……?」
「あのバカ女のせいで、すっかりゴタゴタしてしまいましたが、考えてみれば帳場が立ってからまだ、それほど時間が経過した訳ではありませんし、何か決定的な物証が見つかりそうになった訳でもありません」
確かにそうだ。
と、いうことは和泉が言わんとしているのは……。
「もしかして、ですよ。内部に裏切り者がいるんじゃないでしょうか」
聡介は驚き、思わず飛び上がりそうになった。
「誰かが、捜査情報を漏らした……そう言いたいのか?」
そういうことです、と言って息子は急ブレーキをかけた。
ガクンっ、と身体が前につんのめる。
「おい、何をやって……!!」
「車、降りていいですか? 一応、僕の唯一の財産ですのでね」
和泉はサイドブレーキを引くと、シートベルトを外し、後部座席へ腕を伸ばして何かを取り出す。
「お前、それは……」
特殊警棒。力をこめれば、車のフロントガラスも叩き割る威力を持つ。
「日下部さんより、僕の方が弱そうに見えたんだったら不本意ですよ。はい」
彼は聡介にも特殊警棒を持たせた。
そうして車を降りる。
ちらりと聡介はサイドミラーを見た。
夜更けの高級住宅街、他にほとんど車の通りはない。黒塗りのワゴン車だけがすぐ後ろに停車しているのが見えた。
ナンバーを見る。999、とゾロ目である。
それは暴力団関係者が好んでつけるというナンバープレートの特徴だ。
いつの間に尾行されていたのだろう?
聡介はやや、空恐ろしい気分になってきた。
とんでもない相手を敵に回したものだ。
けれど。
このまま有耶無耶にしてたまるものか。
せめて自分の身を守るぐらいは。
聡介は警棒を強く握りしめた。




