だってシスコンだもん
日下部が丈夫で本当に良かった。
正直なところ、聡介のもとに一報が入った瞬間は生きた心地がしなかった。
もしも相手が刃物でも持っていたら……と、ゾッとする。
そうだ、ビアンカと話している最中だった。
もう少し彼女に訊きたいことがあったのだ。
聡介は彼女の姿を探した。もう病室に戻っただろうか。
すると、向かいから顔見知りの看護師が必死の形相で走ってきた。
「た、高岡さん!! 大変、たいへんですっ!!」
「どうしました?!」
「あの外人さん、姿が見えないんです!!」
※※※※※※※※※
なんとなく相手のペースにはめられている。
今日は僕の実家に来て、と言われ、案内されるまま向かった家庭教師の実家というのはおそろしく垣根の長い、とにかく広い邸宅であった。
しかも場所は有名な高級住宅地である。
お手伝いさんとか出てくるのかな、と思ったらそういうことはなく、どうやら広い家はほぼ無人のようだった。
進一の部屋に足を踏み入れ、勉強を教えてもらった後、周は真っ直ぐ帰宅するつもりだった。
ところが。「晩ご飯食べて、泊まって行ってよ」と、進一に言われ、家で家族が待ってるからと答えると、捨てられた子犬のような顔をされた。
僕なんかいつも一人なんだよ?
毎晩一人で寂しいんだよ?
気がつけば周は、やたらに広いダイニングの椅子に座らされていた。
仕方ないので、姉に連絡をしておく。
この頃の姉は、実家の方で何か大きな事件があったそうで、本土と宮島を行ったり来たりしている。
詳しいことは教えてもらえていない。
あれから旅館の方はどうなったのか、全然わからない。
和泉が紹介してくれた会計士は、しっかりと結果を残してくれたのだろうか?
考えごとをしていたら、いつの間にか目の前に食べ物が置かれている状態となっていた。
何も手伝えなかった……。
「ねぇ、明日は楽しみだね」
明日は、一度はあきらめかけていた名古屋シティフィルのコンサートが行われる。
進一は嬉しそうだ。
「うん……」
姉が大変な時に、こんなことをしていていいのだろうか、と周はやや不安になってしまう。
「どうしたの? ひょっとして、彼女と上手く行かなくなった?」
「そんなの、いない……」
進一は周の前に缶ビールを置いた。
まさか、自分に飲ませるつもりではあるまい。
なーんだ。
家庭教師はつまらなそうに首の後ろで手を組んだ。
「もしそうだったら、傷心の周君の弱味につけこんで、いろいろイタズラしちゃおうとか思っていたんだけどな」
「……先生、ノーマルだろ? 確か、彼女がいたって」
すると進一はなぜか自分の胸元に手を触れた。
「そうだよ。でも、もうどこにもいないんだ……」
そう語る彼の表情は真剣そのものであり、悲しげでもあった。
その時だ。携帯電話の着信音が鳴り響く。
誰だろう? と、呟きながら進一が携帯電話を耳に当てた。
「……うん、いいよ。じゃあ、待ってるから」
誰か来るのだろうか?
しかし進一は特に何も言わず、食べようよと食事を始めた。
それから2人が食事を終えた頃にあらわれたのは、
「……進一……」
先日チケットを譲ってくれた金髪の美女である。
「ビアンカ、もう退院できたの? おめでとう」
何かおかしい、と周は思った。
そうだ。彼女が着ているのは普通の洋服ではなく、どう見ても寝間着の上に上着を羽織っているようにしか見えないのだ。
退院というよりも、病院から抜け出してきたのでは……?




